①作り笑いにご注意を

 相互補完クラウド様と出会ったのは6年前。

 わたしが高校生の頃だった。世の中のことを知ったかぶりで生きているけど、何も知らない。校則という縛り以外に不自由を感じない。今よりも、まだ生きやすかったのかもしれない。たまにそんなことを思い出す。学生時代は青春を謳歌しなさいと担任が定型文のように口にしていたけど、わたしは青春らしい青春を過ごしていなかった。

 

 わたしがいたのは女子校。同年代の男子との出会いはない。唯一学校にいる異性は教師だけ。年上の色気が枯れきったおじさんを異性として見れないと同級生が愚痴を言っている。そんな彼女たちは他校で彼氏を作って青春を楽しんでいた。

 わたしは他の子よりも恋愛に興味がない分、勉強に時間を費やした。

 相手がいないというだけではなく、お母さんへの負担を早く減らしたかったからだ。

 わたしは母子家庭で育った。別に恥ずかしくもない。お母さんは生活のためにパートとスナックを掛け持ちしながら働いている。

 そんなお母さんの負担を減らしたくてバイトをしようと考えた。

 だけど、お母さんは「お金を稼がなきゃいけないときは嫌でもやってくる。でも、学生時代は今しかない。高校生活を楽しみなさい」と断られた。

 お母さんの言葉に甘える形で、わたしはバイトをしていない。その代わりに、家事全般を担当した。そのおかげで大半の家事は出来るようになった。


 お父さんは、わたしが小さい頃に事故で亡くなった。お母さんは詳しく教えてくれないが、事故死だという事実だけは小学校高学年になって理解できた。それまでは「お父さんはいない」と一言だけしか言われなかった。

 お母さんの態度からこれ以上言及してはいけないと幼いながらも、わたしは察した。

 わたしは二人きりの生活に不満はなかった。物心ついたときからお父さんがいない。いないことが当たり前のわたしは父親が欲しいという気持ちは一切湧かなかった。

 お母さんは違った。テレビで家族を題材にしたドラマを見ていた時に旦那さんと奥さんが楽しそうに話しているシーンを見ながら、羨ましそうな顔をしているのを何回も見たことがある。


 旦那さんが欲しいのかな? わたし以上にパートナーを欲しているお母さんを見ていると、再婚は時間の問題なのかなと思った。

 わたしも、あと少しで高校卒業だ。そうすれば、大学には行かずに就職をする。貯金して1人暮らしが出来る資金が集まれば、家を出るつもりだ。そうすれば、お母さんはわたしのことを気にしないで再婚相手と楽しく暮らせる。


 お母さんの明るい未来のためにも頑張らないと。わたしは気持ちを新たにして、勉強に励もうと決めた。


 あれ? わたしは背後に違和感を覚えた。誰かに見られている?

 振り返ると、誰もいない。おかしい。誰もいないはずなのに、見られているという恐怖が消えない。わたしは早歩きでアパートを目指すと、歩調を合わせながら誰かが近づいている。


 こわい。わたしは背中から伝わる恐怖から逃げるように走った。

 足音は、わたしを逃がさないように速度を上げる。


 息を荒げて見えない誰かを振り切ろうとするも、わたしは路地の十字で止まった。ここは狭い割に車の飛び出しが多いため、近所でも交通事故が多い場所でもある。わたしは立ち止まって左右を確認して、逃げようと思った。

 でも、後ろにいる人はどんな人かな? 恐いもの見たさで後ろから追ってくる人物の姿を見てみたいという衝動が生まれた。

 もしかしたら、わたしが勘違いしているだけで誰もいないかもしれない。わたしは恐る恐る路地にあるカーブミラーを覗き込んだ。

 わたしから5メートルくらい離れた距離に誰かいる。30代くらいの痩せ型の男の人だ。彼はスマホを操作しながら立ち止まっている。わたしの気のせいだったのかな?


「よかった」


 わたしの勘違いだと安心感に浸っていると、彼の作り笑いと目が合った。


 え!? わたしを見ている。恐い。わたしは逃げるように走った。作り笑いの彼が消えていることを祈って。

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