第50話 酔っぱらい、攻略されてしまう(完)



「例の宇宙船型ダンジョン、推奨レベル1000だそうです」


「ひえー」



 あの宇宙船型ダンジョンのことが次第に分かってきた。


 まずあの宇宙船、稲妻みたいな爆音をとどろかせて出現していたけど、あれを聞いたのはオレたちだけではなかったらしい。やはりボスエリア化する前にもうそこにあったみたいだ。


 で、深夜——もうほとんど早朝だったけど――の爆音で叩き起こされた近隣住民の皆さんが騒然としている中で、突如として宇宙船が崩壊を始めた。


 もちろん橿原かしはらちゃんが撃破したタイミングと連動してたよ。

 けどボスエリア外の人たちにとってはワケが分からない。現れたけど勝手にぶっ壊れて(お前何しに来た……?)感がヤバかったと思う。


「あの宇宙船で入手できるスキルやドロップはおおむねオーバーテクノロジー系に分類されそうです。既存のオーバーテクノロジー系と区別したい場合は”星系外系”という言葉をやはり使うことになりそうだとか」


 既存の分類もそこまで厳密じゃないけどね。組合が情報を整理する時に使われるだけでダンジョン的には分類もなにも無いだろう。冒険者としても自分のステータスに合っていればなんでも良いし。



「ところでどこ向かってんの?」



 ほとぼりが冷めるであろう頃まで組合には顔を出さなかった。ダンジョンにも行ってない。橿原ちゃんも学校あったし。

 けどそろそろ良いかなぁ、と思って組合に行ったらぜんぜん良くなかったね。

 だって。



『何かやりましたね?』(鑑定ちゃん)


『吐け』(クエストさん)



 だもん。

 組合の建物に入った瞬間すたすたすたって寄ってきたもん。普通に怖い。あと橿原ちゃんには詰め寄らずオレにだけ来た。納得いかない。


 というわけで逃げてきた。今は橿原ちゃんの車の中だ。山道を走っている。


「橿原ちゃん? ねえどこ向かってんの?」


「(にこっ)」


 いや、(にこっ)てされても。可愛いのは確かだけど無言だと不安しかないよ? ねえ?


 そうして辿り着いたのは山深いところにある一軒の建物だった。木造でどっしり構えた老舗旅館って感じだね。



「なにここ? 何のダンジョン?」


「いえ、普通に旅館ですが」


「……」


「どうしましたか、樟葉くずはさん」


「……えっと、ここで何を?」


「ほとぼり冷めるまでのんびりしようかと。クエストさんからの依頼の報酬でもらったチケットの旅館です。覚えてませんか。大人気でなかなか予約できないとか」


「あ、あー、あれね。あれ……はぁはぁなるほど……」


 ちょうど良いところに鳥居があったのでスキル”鳥居とりいわたり”を発動する。あそこに駆け込めば――。



 パァン!



「!?」


 銃声と共に鳥居の下を何かが通り過ぎる。そして鳥居渡りがキャンセルされた。シャボン玉が割れた時みたいなビジュアルだった。橿原ちゃんが銃に弾丸を再装填する。


 あれは……ヒヒイロカネの弾丸! 


 鳥居渡りがヒヒイロカネの秘術無効の効果で打ち消されたのか! いままでヒヒイロカネ全然活躍してなかったのに!


「さ、行きますよ」


「……」


「そういえば美味しい地酒がそろっているとも言っていましたよね、クエストさんが」


「そうだった! 待ってろよオレの酒!」


 こうしてオレは意気揚々と旅館に歩を進めていった。直前の橿原ちゃんとの攻防は一瞬で頭から消え去っていた。






 温泉に入ったり旅館の中を探検したりしていたら夕食の時間になっていた。

 自分たちの部屋でいただくスタイルの夕食だ。仲居さんが次々に料理を運んできてくれる。もちろんお酒もね。座卓の上が料理とお酒でいっぱいだ。そしてどれも旨いんだこれが。


「え? 橿原ちゃん誕生日だったの? 言ってよぉー」


 橿原ちゃんが誕生日らしかった。教えてくれればプレゼントとか用意したのに。


「それよりも未だに誕生日を認知されていないことがショックです」


「うっ……」


 何も言い返せなかった。

 たしかに知り合ってからもう何年か経つもんね……。


「あれ? そういえば橿原ちゃんって19歳だったから……20歳ハタチになったってこと?!」


「はい」


「ということはお酒飲めるじゃん! 飲めるようになったじゃん!」


「はい」


「ならプレゼントならいくらでもある! 好きなの持ってって!」


 ストレージを圧迫している酒類をみーんな取り出した。こんな日に秘蔵も何もないね。いやーめでたい。


「であれば”むらき”を飲んでみたいのですが」


「ある! あるよ叢咲き! はいどーぞ! いやぁ嬉しいなぁ、橿原ちゃんもついにお酒を飲めるようなったんだなぁ……あ、お猪口ちょこあるよいつでも持ってるからね!」


 いつでも持ってる、と言ったところで橿原ちゃんは一瞬だけ呆れた顔を見せた。でもすぐに”叢咲き”に向き直る。


ごう。叢咲きはひやが旨いからそのままで大丈夫」


「ありがとうございます。いただきます」


 橿原ちゃんが持っているお猪口にお酒をそそぐ。


 お猪口の底に透明な液体がぶつかる。そしてさらりと広がって、やがて静かな水面みなもを作った。橿原ちゃんがそれじっと見つめる。


「少しずつ飲んでね。アルコールが全くダメな人もいるから。あ、水ここ置いとくね」


「はい」


 そうして橿原ちゃんは両手で持ったお猪口を静かに口元に近づけていき……。


「——」


 こく、と口に含んだ。



「……~~~~~~ッ!」


「あはははは!」



(><)みたいな顔になってた。初めて見る橿原ちゃんの表情だった。


「初めてのアルコールにしてはちょっと強かったかな? 度数の低いチューハイとかの方が良かったかもね」


「……これで良いです。いえ、これが良いんです」


「なんでそんなに――」


「樟葉さんが好きな味なんですよね」


「……」


 そして橿原ちゃんはもう一度お猪口に視線を落とす。ちょっとだけほっぺが赤くなっているような気がする。


 ――こくん。


「~~~~~~ッ!」


「あっはっはっはっは!」


 さっきと同じ表情だった。


「そんなに笑うことないじゃないですか」


「ごめんごめん、でもあるあるな反応だし可愛くって……く、はははっ」


「むぅ……もう一杯ください」


「はいはい」


 もう一杯お酒を注ぐ。初めてだからほどほどにしないと。


 こくり。


「~~~~っ!!」


 この辺でやめといた方がいいな。お酒嫌いになられても悲しいし。でもやっぱり橿原ちゃんの反応はつい笑っちゃうよ。可愛くって。


「あはははは!」


















「——……は?」


 朝になっていた。


 目を覚ましたら知らない部屋にいた。なんで? ていうかここ何処? 目に映る風景が和室っぽいので日本のどこかだとは思うんだけど。



「何してたんだっけ……う゛っ」



 頭痛。強烈に痛んだ。そして吐き気もある。これは知ってる。二日酔いってヤツだ。いや悪酔いか? まぁどっちでもいいか……。


「……どこかで呑んでたんだっけ。たぶんそうだろうな」


 逃れようのない不快感を抱えたまま立ち上が――。


「……?」


 立ち上がれなかった。

 何かに腕を掴まれていた。

 何だかとっても柔らかいけどなんだ一体?


「え゛!?」



 一糸纏わぬ橿原ちゃんがいた。



「……」


 橿原ちゃんが隣で寝ていた。

 オレの腕に抱きついていた。

 ついでにオレも服は着ていなかった。

 何が何だか分からない。



 分からないけど……やっちまったことだけは分かる!



「えあああっ!!」


 悲鳴を上げるオレ。

 それに反応してか橿原ちゃんが目を開けた。ゆっくりとして穏やかな光景だった。


 その眼差しがオレを見て、ふっと微笑む。




「……おはようございます、鳴司めいじさん」




 えっ、オレの呼び方が変わってるんだけど。今まで樟葉さんって呼ばれてたよね?


「か、橿原ちゃん?」


 オレがそういうと橿原ちゃんは悲しそうに眉をハの字にした。




「あの……き、昨日みたいに”れーちゃん”って呼んでくれない、んですか……?」


「……」




 昨日のオレー!

 何をしたんだー! いや分かるけど! 分かるけど覚えてないよ!


「れ、れーちゃん……?」


「はいっ」


 めっちゃ嬉しそうにするし。そのまま抱きつき直してくるし。ああもう柔らかいのが!


「えへへ……好きです、鳴司さん。好き、好き……ふふ……」


 橿原ちゃんが、いや、れーちゃんがまた寝てしまった。すやぁって。お酒飲み過ぎたのかなぁ。


 まぁそれどころじゃないけど。


「……そうだ、グランドリーフ! アテンション、グランドリーフ!」


『お呼びでしょうか』


「良かった出てきてくれた! 何があったか分かる範囲で説明してくれ!」


昨夜ゆうべはお楽しみでしたね』


「これ以上なく分かりやすいよチクショウ!」


 枕元に酒があった。缶ビールだ。もうぬるくなっているけど酒には違いない。手に取って片手でなんとか開封した。もう片方の手は塞がってたからね。



 プシュッ!


「ごく、ごく―― ぷはっ」


 うん、やっぱり酒だね。酒は全てを解決する。全ての原因かもしれんけど。


「もうひと眠りするよ」


『おやすみなさい』


 隣に素肌を晒した橿原ちゃ……れーちゃんがいると思うと眠れなさそうだ。柔らかさとか甘い匂いとかでドキドキする一方で、人肌の心地良さが平穏を招くからワケわかんなくなりそうだ。でもまぁ酒が入れば関係ない。そのうち寝られるだろう。


 でもこれが日常になるならまた酒がいるな。酒が必要ということはダンジョンに潜って稼がないと。



 ああ、だからやめられないんだ。お酒も、ダンジョンも。





 Fin.



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 お読みいただきありがとうございました!

 続きはネタが溜れば書きます(予定)。


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