酔っぱらい、攻略不能とされていたダンジョンを攻略してしまう

月啼人鳥

第1話 九尾のダンジョン1



「……あれ?」


 目を覚ましたら屋外にいた。なんで? ていうかここ何処? 目に映る看板が日本語で書かれているので日本のどこかだとは思うんだけど。


「何してたんだっけ……う゛っ」


 頭痛。強烈に痛んだ。そして吐き気もある。これは知ってる。二日酔いってヤツだ。いや悪酔いか? まぁどっちでもいいか……。


「……どこかでんでたんだっけ。たぶんそうだろうな」


 逃れようのない不快感を抱えたまま立ち上がる。頭が痛い。道端で寝ていたようだ。よく職質されなかったものだと感心し、スマホやサイフ、サイフの中の冒険者ライセンスが無事なことも分かり安心した。


「えぇー? なんで【九尾】のダンジョンにいんのぉ……?」


 周囲の状況を徐々に理解する。

 この風景は【九尾】のダンジョン……の門前町のものだ。何度か来たことがある。キツネである九尾にあやかってか、いなり寿司や油揚げ、豆腐、お米に日本酒の専門店がやたらと並んでいた。


「……商魂たくましいよなぁ、こんなに店が」


 この九尾のダンジョンは、発見されてから数年といったところだ。ダンジョンが見つかると冒険者が集まるので、それを相手にした商売が集まってくる。ダンジョンがこの世に現れるようになってからもうずいぶん経っているが、それがお決まりの流れだった。九尾のダンジョンが見つかる前は、ここも地方都市の郊外のただの閑散とした一画だったはずだ。


「でも【九尾】のダンジョンはなぁ……」


 これでも冒険者の端くれである。九尾のダンジョンがどんなダンジョンかは知っている。


「攻略できねぇしなぁ」


 【九尾】のダンジョンは攻略不能だった。

 いや、本当に攻略不能かどうかは実際のところ分からない。いずれ攻略されるのかもしれない。しかし少なくとも今まで1回も攻略されたことはなかった。


 それはボスである九尾のせいだ。 

 アイツの理不尽な強さに「いやこれ無理だろ」とみんな諦めてしまった。たまにあるんだ、そういうダンジョンが。どう見てもクリアさせる気ないヤツ。


 あと出てくるモンスターはキツネ型で見た目だけは可愛いんだよな。あれを倒せっていうのもキツい。終盤の個体の攻撃は極悪だけど。


 おかげでダンジョンもその周囲も閑散としていた。やたらといっぱいある稲荷ずし、油揚げ、お豆腐、お米、お酒のお店にも人影はもちろん少ない。いやほぼ無い。なんでまだ営業できているのか謎なレベルだ。


「はぁ……とりあえずこの二日酔いをなんとかするか」


 コンビニ……は無かったのでその辺にあった酒屋に入る。そして”この街限定!”という触れ込みのワンカップを手に取る。ちなみに『ごん』という銘柄だった。


「こく、こく……ぷは。なかなかいけるじゃん」


 店を出てすぐに開封して飲んだ。ほのかな甘みがあるさっぱりした口当たりだ。二日酔いにはちょうど良い。4月の、まだ少し冷える夜風と合わさって、体から不快感が流れ落ちていくような感覚にさせられた。どこからか舞ってくる桜の花弁を眺めながら、建物の壁に背中を預けてちみちみとカップを傾けた。だんだん気分が良くなってくる。



(……いやいや、おかしくないか?)



 スマホで時間を確認する。時刻は深夜を示していた。夕方より朝の方が近い。

 顔を上げる。煌々と電光が灯る店が軒を連ねている。コンビニはない。いなり寿司、油揚げ、お豆腐、お米、お酒のお店ばかりだ。


「……」


 酒を買った店に戻る。そして店主と思しき男性に声をかけた。


「おっちゃんおっちゃん、この酒旨いな。一升瓶で無い?」


「んー? ああ、ごんか。あるよ。えーっと……はいよ!」


「ありがとよ。それにしてもこの街はすごいな、どの店も24時間営業なのか?」


「あぁ、そうだね。このあたりはずっとそうだよ。もう長いね」


「へー、コンビニができる前からとか?」


「へんなこと訊くねお兄さん。ずっとって言ったら、ずっとだよ」


「ずっと?」


「ああ、ずっとだ」


「そうなのか。大変だな。じゃあまた来るよ」


「おう、よろしく!」


 そんなやり取りをして店を出た。そして別の店に入る。


「いなり寿司弁当1つ」


「はーい! ありがとうございまーす!」


「この店24時間営業なの?」


「はい! 24時間やってます!」


「24時間営業、始めてもう長いの?」


「もうずっとそうですね」


「……いつから?」



「いつからって―― へんなこと訊きますねお兄さん、ずっとって言ったら、ずっとですよ」



「……なるほど。わかったよ。これ代金ね」


「またどうぞー!」


 店を出た。外は相変わらずの景色だ。その中にしばらく佇んで考えてみるが、さきほど思い至った予想は今や確信に変わりつつあった。


 風が吹く。背後から吹く。道に散らばった桜の花びらが流れていく。

 どこへ? 道の先にある巨大な赤い鳥居へだ。

 巨大な鳥居の向こうには小ぶりな鳥居がいくつも連なっていて、合わせ鏡の世界のように次第に奥の方は暗くなっていた。


 あれが【九尾】のダンジョンの入り口—— だと思っていたものだ。


(違う。あれはダンジョンの入り口じゃないんだ……)


 どうしていままで誰も気が付かなかったのだろう?


 攻略不能。

 仮にゲームだったとしたら、攻略不能なのは何故だろうか。勝利できないのは何故だろうか? 考えられる理由はいくつかある。



 例えば、負けイベント戦なので勝利できない。


 例えば、そもそも攻略対象ではない。


 例えば―――― 攻略のための特殊なギミックがある。



(この門前町もすでにダンジョンなんだ……!)


 そしてまたしても仮定する。例えばゲームだったとしたら……ヒントはフィールドに配置されているはずだ。

 時にひっそり、時に露骨に―― この門前町のように。


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