第四章 偽悪×偽善=照応依存 8
『タイトロープタワーに爆発物を仕掛けたってテラサルースから犯行声明があってね。マリアナ側にも話をつけたから、急いで戻っておいで』
ジオから緊急報告を受け、巡視船マリアナはタイトロープ島への帰路を急いでいた。情報処理に長けた保安官がいたようで、持ち帰ったオーウェンのタブレットを預けて解析待ち。海が荒れているのか、揺れる船内でしばしの休息だ。
爆破予告の期日は今日の午後十時。現在の時刻は日暮れ間際の午後三時。
巡視船マリアナは特別葬儀官であるシャルロット達を連れ、アズテック諸島近海を巡回してから帰る予定だった。その間に情報解析を終え、秘密裏にジオへと受け渡す予定だったのだが──
「……絶っ対確信犯だから、テラサルースの奴ら。いないとでも思ったー? 戻れるんですけどー?」
「戻って来られるから、仕掛けたのかもしれん。お前を誘い出すためなら……オーウェンだな」
ポントス島の海底ドックは既にノイエたちポントス人の制圧下にある。関与していた人間はポントス人で独自の制裁を行うらしい。
移動時間で考えるべき問題は、どうやって関係各所に潜むテラサルースの協力者をあぶり出し見つけるかにシフトしている。
手に入れたアドレスは既にエルへと送ったので、協力者は捜し出せるだろう。
ちなみに、マリアナの船長がエルの旧友らしい。そこら中に繋がりを持つエルも末恐ろしく感じるが、今回は助かった。
「葬儀官のお二方、解析終了しましたよ」
海保の情報官から連絡を受け、シャルロットはずらっと並んだデータの山に肩を落とした。この山を仕分けていかなければならない。
「うわ、すごい量」
「いえ、ひとまず直近の通話データを復元しておきました。まだ続けるので、そちらの方で確認を」
「ありがとう、助かります」
情報官は詳細を知らず、分析だけを任されている。中身の精査はできないからと、優先される情報を先に分けてくれたようだ。
揺れる船内の中で、浮かんだホログラムディスプレイに二人向き合う。音声をしっかり聞き取れるようにイヤホンをつけ、一番上の通話記録から漁ってみる。
『オーウェン殿、お探しの女を見かけたのですが……』
『ほう、どこにいた? 君の管轄はタイトロープ島だったか』
『初めて見かけたので、一時的なものかと。いかがしますか?』
『情報提供ありがとう。アレには手を出さなくていい。一般人では返り討ちに合うだろう』
一度目の通話は終わった。これは通話履歴に残っていたアドレスの主だろう。声に聞き覚えはないが、タイトロープ島に在住の人物か。
これはエルたちに任せよう。では次だ。これは通話履歴自体が消されていたもの。シャルロット達がタブレットを眺めただけでは確認できなかったものだ。
『……なんですか。仕事立て込んでるんですけど? 大体そっちのせいで』
不機嫌丸出しの声に、シャルロットとドミニクは目を剥いた。聞き馴染みのある声だったからだ。
『あたし、別にそっちに入れ込んだつもりないから。何の用?』
「……これ、ミアさんの声では?」
「随分雰囲気が違うが、まぁ……そうだな」
どちらかといえば、シャルロットに投げかけられた冷たい声に近い。
『いやはや、すまないね。どうしてもと言われれば、我々も手を貸さざるを得ないのだよ』
『資金だけ渡してあとはご自由にって? うまく考えたもんだわ、ほんと』
『誉め言葉だな、ミア君。さて、本題だ。君に少しばかり手伝ってほしいことがある』
聞きながら、ドミニクが片手間に詳細情報を出す。
日時は──ネル・ブライアン山麓で調査をした日の翌日。つまり、ノイエの取り調べで、液化魔力の流れが変わったのはポントス人の仕業ではないと判明した時だ。
あの日、取り調べの終了間際にミアに通話が入って、そそくさと退席していた。その後の行方までは知らないが。
もしやこの会話、その時行われたものか。
『君の兄君が呼び寄せた特別葬儀官がいるだろう? シャルロット・S・ソーンというのだがね。単刀直入に言うと、彼女が欲しいんだよ』
『……ふうん?』
『まぁ、上からは手出ししないよう言われている。これは私個人の……いわば私用だ。散々組織のために働いてきたんだ、おこぼれの一つくらい預かってもいいだろう?』
『あの子? まぁ、エル兄からいろいろ話聞いてたけどさ』
不満を丸出しにして、ミアはマイクが拾うほどのため息をついた。
『──いいよ』
あっけらかんとミアが即答した。思わずドミニクに視線をやると、丸くなった瞳孔と視線がかち合う。
『何すればいいの? あぁ、言っとくけどこっちの仕事はするから。邪魔にならない程度しかできないよ』
『なに、式典当日、君たちも現地に行くだろう? ソーン嬢をデモ会場に宛がってほしい、それだけだよ』
『…‥お手製の癌兵器でも使う気?』
『そうとも。あぁ、もう一つ。彼女が連れているらしい男、いたかな。あの男は引き剥がしてほしい』
『あー、あのコワモテのホワイトフィールド君ね。いいけど、なんで?』
『そこまでは言えないな。ただ噂通りなら、あの子に邪魔をされると困るのでね』
『邪魔ねぇ。ま、式典出るの嫌がってたし、デモ警備に宛がえないならオフにしとこっか』
『今は葬送庁の所属だろう? そちら伝手で情報が流れても困るのでね。それでいいか』
くすくすと笑ったオーウェンに、ミアは更に機嫌を悪くしたようで。
『──ひとまず、準備できたらまた連絡でいい?』
『素直な協力者がいて助かるよ』
『うるさい。仕事中なの。じゃ』
ぶっきらぼうな態度を変えず、通話はそこで断たれた。
「……黒、か」
「ですねぇ……」
この短い通話で分かったことがある。
一つ。オーウェンとミアに繋がりがあること。
二つ。ミアはテラサルースに酔心しているわけではないこと。
三つ。捜査官として職務を遂行する反面、犯罪組織であるテラサルースに人間を寄越すことを躊躇わないこと、である。
奇妙なのは三つ目だ。シャルロットから見て、ミアは至極真面目な捜査官に見えた。オーウェンへの態度とシャルロット単独への態度が似ていたことから、何か不満を抱いていることは確実だろうが──そんな覚えは欠片もない。
「……予想通りだと伝えてはおくが……お前、何したんだ?」
「知りませんよ。なんか恨まれてるっぽいというか、嫌われてるっぽいというか、そんな感じしますけど。会ったのだって今回が初めてですよ?」
「お前があいつの兄のお気に入りだからじゃないのか」
「だったら尚更一方的過ぎません? 困るんですけど、そういうの」
他人なんて知らないシビアさを持っているのか、相手がシャルロットだったからか分からない。
もう少し聞くか、とドミニクが次の音声ファイルを再生した。日時は数日後だ。
『そっちのいう通りにしたけど?』
『よろしい。後はこちらに任せたまえ──と、言いたいところだが。ソーン嬢の孤立させる策の一つとして、式典中に魔導砲を撃つことにしたよ。テストも兼ねてね』
『…………は? 正気? いやまって、死ぬのこっちなんだけど。殺す気?』
『なんの。西部戦線用に開発させていた高射砲があるだろう。あれの試射をちょうどよくネル・ブライアン北西でやっていた。それで迎撃すればいい』
『いや、あれは……航空局で開発してた魔導砲でしょ? 撃てるヤツいないでしょ。何人分の魔力必要だと思ってるの? 一応歩兵用の魔導兵装だけど、個人の魔力量で足りないからバッテリーが何個も必要だって……』
『いるだろう。ドミニク・ホワイトフィールドという男が。元々、ソーン嬢とあの子を引き剥がすのが目的だ。捕獲する時、救援に来られたらたまったものではないからね』
タイミングが良すぎるとは思っていたが、最初から仕組まれていたか。
『いや確かに本人から式典に招待されたから出るって聞いたけどさぁ、大丈夫なのそれ。失敗したら民間人もお偉いさんもみんな死ぬよ? あんた、人殺しがしたいわけ?』
『問題はないだろう。予想が正しければ、彼のスペックを私ほど分かっている人間はいないからね。あの子なら絶対に止められる』
『確かに自己崩壊症っぽいけど……そういえば背中全部悪性細胞だったけど、よく生きてられるねあの子?』
『私がそういう風に作ったからね』
『あー…………なる』
『では当日は任せたよ、ロフテッド軌道で撃たせるから、時間はあるからね』
言って、二度目の通話が途切れる。間髪入れずに三つ目──最後の通話記録を再生する。
『ネル・ブライアンの偏性魔石をね、持ってきてほしいんだ』
『は……、押収品の、ですか』
『そうだ。個人的に使いたくてね。奪われたなら仕方ないかと諦めていたんだが、至急必要になったんだ。盗んできてもらえると助かるよ』
『しかし、保管部屋はセキュリティが厳しく』
『ミア・ヴェルトを頼れ。彼女ならセキュリティ突破用の細工くらい簡単にできるさ。話はつけておくから』
これは先ほどの内通者との会話。押収した魔石を奪うのに、ミアも噛んでいるようだ。
解析できた通話記録はこの三つだけ。残りは海底ドックに関連する事らしく、現在進行形で分析が進んでいる。この後、オーウェンはタブレットを残してタイトロープ島に移動したため、記録はないのだろう。
とはいえ、欲しい情報は見つけられた。テラサルース幹部の私物から得られたデータなら、証拠として申し分ない。
「分かったはいいとして……ほんと、なんで?」
シャルロットはボソッと呟いた。
一応、民間人の犠牲を憂いていた彼女が、どうしてオーウェンの要請に応えたのだろう。
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