僕はどうしても異世界に転生したい!
あるままれ~ど
第1話 異世界に転生したい少年
異世界転生モノ、わざわざこのサイトに来てこの小説を読んでいるのならば、このジャンルを知らないわけがない。
いわば甘い世界である。とにかく何らかの理由によって現実世界で主人公が死に、神様を名乗る人物によって、あるいはなんの前触れもなく、異世界の人間として生まれ変わる。多くの場合、この「異世界の人間として生まれ変わる」過程でいわゆる「チートスキル」なるものを得られる。それは多種多様であり、最強の魔法を扱えるものだったり、作品によっては世界の法則を書き換えるなんて滅茶苦茶なものまで存在する。もっとも、中には得られない主人公もいて苦しい異世界生活を強いられる......なんて話もあるが、おおよそ今回の話において関係する話ではないため、割愛する。
ここから本題に移る、多くの場合は異世界転生なんて架空の事象でしかなく信憑性に欠ける出来事である。しかし、そんなことはありえないとハッキリ否定して切り捨てることは不可能だ。現実的ではないにしろ、死後の世界を見た人間はいない。異世界転生ができる証拠なんてないが、できないという証拠もまたないのだ。ならば、異世界転生ができる可能性はゼロではない。きっと、異世界転生ができると僕は信じている。だって僕は小学生のときに、テレビの前で決意したんだ。
「絶対に、僕は異世界に転生してやる」
自分でも馬鹿だと思うけど、僕は今までずっと、この決意を絶やしたことはない。
☆
カーテンの隙間から差し込む日差しが、まどろみからの覚醒を促してくる。夢の中の世界から現実世界への回帰。日差しに促されるまま目を開けて、それでもなお襲う眠気をなんとか気合で振り払う。寝起きでぼやけた視界を、部屋の壁にかかる時計へと向けた。寝ぼけ眼のまま時計の指し示す時間を認識すると、無機質な長針は「8」という値を、同じく無機質な短針は「6」という値を示していた。それを覚醒したての頭で理解する。その数字が意味することとは......
「完全に寝坊した」
理解したとたん焦りを感じたのか、急いで学生服に着替えると朝食には目もくれず、一目散に玄関へ向かった。そして外へでる。強く照り付ける太陽の中、学生服の少年が向かったのは学校ではなく、その逆方向に位置する山だ。少年は一目散に山に向かって走りだした。そうして山にたどり着き、そこからさらに山奥にむかって走り出した。少年は、山を進んで稀に方向転換しながら、ついに人気のない場所についた。そこでスマートフォンの時計を確認する。「7:25」と表示されていた。
☆
「よかった~! 間に合った~!」
スマホで時計を確認した僕は安堵した。目標時刻までにたどり着けないところだった。危なかったから次からは気を付けよう。さて、なんで僕はこんな山奥に来たのか。それには理由がある。僕の夢は異世界転生であり、この現実世界では、異世界が存在し転生できると仮定して異世界に転生したあとのチートスキルムーブをこの山奥で練習しているのだ。なんで家でやらないのかと聞かれたら、騒音で家族に迷惑がかかるからと答える。今日は異世界転生して得られたチートスキルが魔力無限で魔法が使い放題だった場合をシュミレーションしよう。
「……フッ。これこそが世界を焼き焦がし、俗世の愚人を断罪する炎だ。食らえ!
決まった。完全に決まった。かっこよすぎる技名に我ながら惚れ惚れする。これに惚れないヒロインがいるか?いやいない、そうに決まってる。しかし、まだ技を考えないといけない。これで本当にこの路線の能力を得たとき、技が少なくて困ったことになる。技が少ないとダサいからだ。こりゃえらいこっちゃ。じゃあ次の技は――
「これは神から下される怒り、それは貴様の身を貫き唸るだろう。食らえ……
これもイケてる。完璧だ。先程の気迫ある「炎淵死網状覇楼落」とは打って変わって、この「波乱雷雷滅殺の幻現」はクールに言うことでさらにかっこよさが際立つ。もしかしなくても僕は天才かもしれない。ちなみに「炎淵死網状覇楼落」のこの漢字、適当に考えた。なんとなく炎とほかにかっこよさげな漢字を組み合わせて勝手にファイアーデスクリムゾンマリオネットと呼んだだけである。それでもかっこよく言えちゃうあたりに僕の才能がにじみ出ている。今日はこの調子で修行しよう。
☆
修行を終わらせて、僕はすぐに学校に向かう。が、ここで気を付けるべきは何の変哲もない一般生徒になりきることである。もちろんモブになるわけではない。モブとは物語に影響を及ぼさない無価値な初期量産アバターのことである。しかし、僕は違う。僕のこの何の変哲もない一般生徒は、物語に影響を及ぼすのだ。いわば、学校生活中の僕とは、異世界転生して順風満帆にハーレムする僕の前世の記憶の回想で流れるという立場にある。ここで重要なことは、ほとんどの異世界転生系主人公の前世が「目立たない、すべてにおいて平均的な人間」である。つまり、僕がここで何の変哲もない一般生徒に扮することで、異世界転生する人間のほとんどと同じ条件を満たすことになるのだ。言ってしまえば、異世界転生する確率が上がる。僕はそう信じている。
僕が頭の中で誰に向かって発信しているかわからない異世界転生率上昇法について熱弁していると、担任がホームルームにやってきた。ここで意識することは「目線」だ。この場面において、僕は窓のほうをみながら面倒くさそうに頬杖をつく必要がある。それによってさらにほとんどの異世界転生した人間の転生前の特徴に則ることとなる。こうした積み重ねによって異世界転生に行くことができる確率を極限まで高めることができるのだ。
「今日は、転校生を紹介するぞー。それじゃあ海端、入ってくれ」
「ッ!!!」
心臓が止まったかと思った。転校生?なに言ってんだコイツ?だって、転校生はまずいだろう。まあ、海端さんとやらを確認しないと僕の危惧していることが確信できない。僕の不安が当たらないといいな。
「あっ、えっと、こ、こんにちは……。えっと、このクラスに新しく転校してきた、
そうやって入ってきたのは、つやつやサラサラの黒髪ロングをなびかせて、おどおどとした様子でクラス全体を見渡す美少女だった。彼女は潤んだ黒瞳をきょろきょろさせている。緊張と焦りで泣きそうになっているのだろう。そうして、おぼつかない足取りで空いた席に座った。そして、そこは僕の隣の席だった。
……終わった。終わってしまった。これはやばい、まだ一話なのに。文字数が2600字くらいしかいってないのに。まだ高校生という立場で、早くも僕は異世界に転生する可能性を失うかもしれない。だって面倒くさそうに頬杖をついて窓のほうを眺めている何の変哲もない一般生徒、そいつがいるクラスに転校生、しかも女子で美人が来てしまったのだ。これ意味することとはつまり――
――異世界転生できずに、このままラブコメルートの開始を意味している。その可能性が非常に高かった。
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