魔導書と本の虫
Ajax
第1章 はじまりの壱頁
リシャルトは自他ともに認める本の虫だった。ただの活字中毒だと揶揄してくる者もいたが、リシャルトにとっては周囲が自分を揶揄することなど、どうでもいいことであった。
彼は本に夢中だからである。
彼の底なしとも言える知的好奇心を満たしてくれる本は、彼にとってなくてはならない存在であった。
彼は、本によって得た魔術や知識を易々とものにしていった。特に魔術に関しては素質があったのか、魔術師界隈でもその実力は一目置かれている。
リシャルトは本によって自身の中の知識が満たされる感覚がたまらなく好きだった。また、満たされた後にすぐ餓えてしまう感覚も。新しい本に胸を躍らせ、これまでに読んだ本も何度も読み返し、噛み締める。手元に本がなければ、自身の知識の海に飛び込んで、イルカのように、時には獰猛なサメのようにその中を泳ぎ回る。ある時は深海魚のごとく深く潜り込むため、誰かに頭などを叩かれないと現実世界に戻れないこともある。そしてその知識の海の海面に上がるときは、手にした知識を手元で実践する時だ。これを何度も繰り返して行うため、魔術や格闘技術など、武具の扱いなども街の幼馴染たちと遊ぶうち、上達していった。ただ、リシャルトには体力があまりないため、格闘となると少し苦戦するようである。
今まさに、彼は巨躯のオーガと短刀での戦闘を繰り広げており
「はぁ……、はぁ……」
劣勢を強いられていた。
「もうあきらめた方がいいんじゃないかな」
リシャルトの隣で声がする。
「……いや、最後まで戦うよ」
リシャルトは左頬を手の甲で拭う。革の手袋に血が付く。
リシャルトの蘇芳色の目が細められる。彼は非常に目が悪い。眼鏡はその数分前の衝撃でどこかに落としたらしい。身体強化魔法も効果が切れかけている。そしてそれをかけ直す魔力が、リシャルトには残されていない。息を吸い、痛みを堪えて神経を足へと集中させる。次の攻撃は——。
「よし——‼」
リシャルトは地を蹴って右へと飛んだ。オーガの斧が地を穿ち、瓦礫が飛び散る。リシャルトは瓦礫に紛れてオーガに一気に近づく。短刀を振りかぶり——
「やぁああああ‼」
「はっ……⁉」
リシャルトは飛び起きた。勢いで眼鏡がずれる。そのまま辺りを右に左にと見回す。
「あ——……」
状況を飲み込んだリシャルトは口元を右手のひらでバシッと覆った。そのまま膝を抱えて唸る。
「たとえ負けが確定していても、あきらめずに立ち向かうその姿勢……、私は素晴らしいと思うよ」
その声にリシャルトは顔を上げる。
「もう少しだったんだー……、でも次は勝てるね」
くしゃりとした笑みを浮かべて、リシャルトは目の前の人物——いや、一冊の本に向かって言った。
蝶のようにページを開いて宙に浮かぶのは、
リシャルトがなぜこのような状況に置かれているのか。それは彼が一か月弱のときをかけてたどり着いた国立大図書館での出来事がきっかけである。
いくらリシャルトの知性や魔術の素質が優れていても、貧困層の彼が望むままに好きなだけ本を所有することはかなりの困難を極めることだった。だがそれを嘆いていても彼の知的好奇心は飢えて満たされないままだ。
リシャルトは貪欲に、己の知的好奇心を満たすため昼夜問わず働いた。本屋では店番をし、書物を読み漁りつつ読み書きを上達させ、それを生かして写本を作る仕事や文字の書けない者の代わりに手紙などの文書を代筆する仕事、本で得た知識をもとに酒場の厨房で働く(ウェイターは食器を割りたい放題ですぐに裏へと引っ込められた。皿洗いも駄目であった)などなど、不器用さをところどころで発揮しながらも本を読み、自身の知識の海をより深めていったのである。睡眠をおろそかにしてしまうこともあるが、健康を損ねては本を読めないことも〝身をもって〟理解しているため、贅沢はできないものの食生活には気を配り、格闘技の技術本で得た知識をもとに運動も心掛けた。慎ましく暮らしながら、街の図書館へ通い、金を貯め、本を買う。
その中で最も、彼の運命を変えたのが、魔術学院が発行する魔術雑誌へ論文を投稿し続け、得た賞金をせっせと愛する本たちへと貢いでいた時のことであった。
リシャルトが暮らす◎領土が誇る、六年制の魔術学院へ、特待生として入学したことである。
その学院生活で魔術の才能を開花させ、本の虫と揶揄され続けたなか、彼は初めての長い休暇を、世界最大級の蔵書率を誇る国立大図書館で過ごすことに決めたのである。これまでに貯め込んだ貯蓄は国立大図書館のある帝国への旅費と、その図書館への入館証を作成するために消し飛んだが、リシャルトにとってはそれも些細なことだった。
その図書館には間違いなく、彼にとってはそれだけの——いや、それ以上の価値があるからだ。
その中で最も目当てにしていたのが、特殊魔導書と呼ばれる魔導書が納められた地下書庫だった。
リシャルトの住む帝国は四つの領土に別れている。帝国は広大であるため、帝国女王が治める帝国領を除いて、三つの領の統治を各領主に任せていた。リシャルトが暮らす領は、内乱こそ起きないものの貧富の差が激しく、たびたび帝国の議会で問題に上がっていた。国立大図書館のある帝国領土からはすべての領土を通るように鉄道が走っており、リシャルトの住む◎領土の駅から鈍行列車に乗れば、帝国領土へは二週間で辿りつくのだが、休暇の目的である国立大図書館——その地下書庫へ入るための費用や、入国にかかる費用は削れない。切り詰められるところといえば帝国での滞在費になるが、それをしたとてリシャルトの手元には鈍行列車の切符を買う金は残らなかった。
「あぁ……‼ ああぁ‼ ついに‼」
ボロボロになった外套の裾を力いっぱいに握りしめ、リシャルトは蘇芳色の瞳を涙で潤ませた。その様を見て衛兵が怪訝そうに入国許可証などと言った必要書類を要求する。リシャルトは手際よく要求された書類を手渡していくが、視線ははるか遠くの、帝国領土内の最北に位置する大図書館へと向けられていた。
最安価に最安価を重ね、費用の掛かる乗り物をなるべく避け、身体強化魔法による徒歩での旅を強行した結果、見た目が完全に物乞いのようになっているが、書類の中には学院からの特殊な魔術の籠った推薦状も含まれている。今はそれが、リシャルトを入国に値する人物であることをぎりぎり証明していた。衛兵から大衆浴場の場所をやんわりと案内されたので、そちらへ向かいつつも、リシャルトの蘇芳色の瞳はきらきらと、大図書館の豪奢な外観を捉えている。
(▲時代の意匠に◆時代のルーンが込められた石壁、〇時代の大魔術師が大鍛冶師とともに鍛錬し作り上げた特殊金属の門、帝国が誇る大薬師が最高峰の庭師とともに設計した巨大庭園……‼ どれも本で読んだとおりだ‼)
人混みへと歩きながらも、彼の視線は大図書館へ向けられたままである。道行く人にぶつかりそうなものだが、通行人の方から彼を避けていくため、その心配はなかった。
伸びた髪なども含めて大衆浴場でさっぱりとしたリシャルトは、大図書館近くの最安価の宿を取り、保存の利く食料を買い込むと即座に大図書館へと向かい、開館時間いっぱいまでその蔵書たちを貪るように読み漁った。旅の道中は荷物を最小限に抑えたため、本は持ち歩いていない。移動中は頭の中にある知識の海へと潜り込み、足に肉刺ができようがかすり傷が増えようが、これまでに読んだ本を頭の中で読み返すことに没頭した。彼が今までに読むことのできなかった本は、乾いた大地に恵みの雨が降り注ぐように、彼の脳を潤していった。
大図書館と宿を往復すること二週間。心地良い疲労感に包まれてベッドに倒れ込むリシャルトの心の中は、毎日が充足感と多幸感で溢れていた。
そんなある夜。国立大図書館があと小一時間ほどで閉館となる頃だった。
リシャルトは特殊魔導書が納められている地下の書庫で(ここへ入るために相当な学業の単位と各教授への信頼、知識や技術、別途入庫証明書のための大金が必要であった)、ある異変に出くわした。
司書から貸し出されているランタンの灯りが照らし出した通路に、真っ黒なインクが滴った跡を見つけたのだ。本を愛する彼にとって、それは許しがたい事態だ。大図書館では一部を除いてインクを用いた書物の書き写しが認められているが、この特殊魔導書が納められている地下書庫は、書物の書き写しが禁止されている。インク類や書き写せそうな筆記用具とみなされる類のものは司書が預かることになっているのだ。厳重であるはずのそれが破られている。
この二週間のうちのほとんどを地下書庫で過ごしているため、司書がいかに実力の高い魔術師や騎士で構成されているか、リシャルトは理解していた。
そして何よりこの地下に納められている魔導書たちの最大の特徴は〝飛んで〟〝喋る〟ことである。
「おや、痩せっぽっちの坊やがまた来たよ」
「こんばんは」
書架に収まっている魔導書からちらほらと声がかかる。
リシャルトはインクの跡を確認するためにしゃがみ込んで
「こんばんは……。ところで、ここで何かあったんじゃないの?」
魔導書たちに尋ねた。ランタンの灯りを受けて、てらてらと黒いインクが光る。このような異常事態は即刻、司書や警備の者に報告すべきなのだが、つい好奇心の方が勝ってしまう。
「モノには尋ね方と言うものがあるでしょう?」
「悪いけど、ほかの書には興味がなくてね」
口々に魔導書たちから返事が返ってくる。
「悪かったよ……、司書を呼んでこなくちゃ……」
リシャルトが立ち上がり、踵を返そうとした時だった。
「このインクの被害に遭ったのは私だよ」
初めて聞く声だった。
「司書のところへ行くのかい」
魔導書の問いかけに思わず唾を飲むリシャルト。魔導書が勝手気ままに喋りかけ、ときには悪態をつかれながらまもなく閉館時間だと本の角で体の至るところを殴打してくることなど、もう最初の三日間で慣れてしまったというのに、その声音にはなぜか耳を惹かれた。
「どうかな、君とすこし話がしてみたいのだけど」
魔導書の問いかけが続く。少し迷って手元の懐中時計へそっと手をのばす。
「まだ大丈夫だよ。もし気が向かなければ、そのまま去ってくれても構わない」
リシャルトの手の動きが止まった。魔導書の声音ははっきりと耳に届くし、とても穏やかだったが、どこかつかみどころのない、まるで霞のようだった。この魔導書は人の気配を察知できるのか——インクの跡を踏まぬよう、リシャルトは考えながら声の方へと近づいた。
インクの跡を追って歩くと、まだリシャルトが到達していない書架へとたどりついた。本来納まっていた魔導書たちがインクを避けるために飛び立ったのか、随分と書架に空きが見られる。リシャルトの目線よりすこし高いところ、空いた書架にその魔導書は横たわっていた。その魔導書は開かないよう、本来は革紐で丁寧に縛られていたようだが、書架にぶらりと垂れ下がった革紐には黒いインクが付いている。どうやら刃物で切られているようだ。
「なんてことだ……」
リシャルトは魔導書をランタンで照らすと、苦しげに声を漏らす。
「来てくれてありがとう。挨拶が遅れてしまったね、こんばんは」
革紐ごと分厚い表紙を切られた魔導書は穏やかにリシャルトに言った。見た目は痛々しいが、その声音には特に戸惑いや悲壮感などは感じられない。
「こ、こんばんは…… 僕はリシャルト。……えっと」
一方のリシャルトは少し戸惑う。こんなにも友好的な魔導書の存在は、この二週間で初めてお目にかかるからだ。
「そうだね、経緯を説明しておこうか」
リシャルトが抱く戸惑いの中の好奇心を読み取った魔導書は、ゆっくりと横たえていた本体を起こす。ゆらりと垂れ下がる真紅の生地の栞は、一目で見ただけでわかる一級品のものであった。
「何者かが私に、悪戯書きをしようとしてね」
魔導書は表紙をぱらりと捲って見せる。確かに、ページにインクが三滴程、大きく染み付いている。リシャルトが眉間に皺を寄せ、指先を顎に添えて唸った。
「これは酷い……」
「こういった傷や汚れならば、司書や修復師に頼んで綺麗にしてもらえるのだけど」
「……中身に悪戯書き(ルーン)を施されたということだね」
リシャルトの指先が顎から唇をなぞる様に移動する。
「その通り。私もなんとか抵抗したのだけど、ここは〝私語・暴力・火気・飲食厳禁〟だからね」
魔導書が真紅の栞を揺らす。最後の言葉は魔導書なりの冗談なのだろうか。
「ずいぶんと余裕そうだけど……」
リシャルトは複雑そうに苦笑いをする。
「運よくきみが来てくれたから。私はとても幸運だ」
魔導書が栞を尻尾のように揺らした。声音は相変わらず穏やかだが、そこにほんの少し喜びの感情が伺える。
「幸運? 助けを呼べるから?」
リシャルトが指を口元に添えたまま首を傾げた。
「いや、君が私を救ってくれるだろうからさ」
魔導書がことり、と左に本体を少しだけ傾ける。
「今、私に悪戯書きをした犯人が……、私の中にいるんだ」
「——‼」
「私は自動防衛機能として、よくない輩を私の中に閉じ込めることが出来てね。ほかの魔導書にも同じような機能はあるかもしれないけれど」
リシャルトは己の知識の海から魔導書に関する知識を引っ張り出す。自動防衛機能。特殊魔導書と呼ばれる物の中には、魔導書に記された世界観の中(戦記物であれば戦争の世界、森についてであれば樹海など)によくない輩——いわゆる盗人や改竄者を封じ込め、取り殺してしまえる機能を備えているものが存在する。目の前の魔導書がそれにあたるのだ。
「えっと、じゃあきみは……」
リシャルトがランタンを近づけ表紙を照らす。しかし表紙はおろか背表紙も刻まれており、まともに読める状態ではなかった。
「君の考えている通り。私は今、私自身の題名を失っている」
だから題名を名乗ることが出来ない——と、魔導書は穏やかに答える。リシャルトはやはり、と唸った。
「だったら猶更だよ。僕みたいなただの学院生を頼るより、きみが犯人を封印している間に、司書や修復師なんかを呼ぶべきだ」
特殊魔導書は自我のようなものを持っている。それは題名と、その書の中身に記された内容によって保たれている。そのどちらかが著しく失われると、魔導書は消滅してしまうのだ。眼前の魔導書の場合は題名のみの損傷のため、それを名乗ることが出来ないだけで済んでいるが。特殊魔導書についての知識は完璧とは言えないが、リシャルトもわかってはいる。しかし自分はその道の専門家ではない。
「実は……、犯人が厄介なやつでね。今も私の中で、私を改竄しようと動き回っているんだ」
「⁉ そんな……」
リシャルトは驚き、目を見開く。特殊魔導書に取り込まれた場合、その魔導書が望まない限り取り込まれた者は出てこられない上、書に記された世界観に耐えきれず、自由に動き回れることなどないからである。取り込んだ者が本の中を動き回れるなど、今まで読んできたどの本にも載ってはいなかったし、学院の教授や魔術の専門家からも聞いたことがなかった。
「私も初めてのことでね、どうしようかと思案していたところに君が来てくれたというわけだよ」
リシャルトは再び唾を飲んだ。もう眼前の魔導書の言いたいことがわかっているからである。
「このままだと私は消えてしまう……、君に私を読んでもらえるかもしれなかったのに」
魔導書の言葉に蘇芳色の瞳が揺れる。
「君は私の中に入り、私を改竄しようとするよくない輩を捕らえるか、排除する。その間君は、私に記された知識を文字だけではなく、その身をもって体感できる……。痛みも、恐怖も、喜びも、怒りも、狂気も、悦楽も……。ひょっとすると、その底なしの知的好奇心をほんの少しは満たせるかもね」
じり……と、ランタンの灯りが音を立てて揺れた。
——その瞬間、リシャルトの理性の糸は焼き切れた。
魔導書には顔などないはずなのに、リシャルトの目の色が変わった瞬間、切り刻まれた魔導書の表紙が笑ったかのように見えた。
「では……よろしく、リシャルト……」
魔導書の真紅の栞が恭しく一礼するかのようにゆらりと揺れる。
「私のことは、ヘルトラウダと呼んでくれ」
穏やかな魔導書の声音は、ほんの微かに笑みを含んでいるかのようだったが、理性の飛んでしまったリシャルトは全く気付きもしないのであった。
リシャルトは曲げた右肘に、伸ばした左腕を交差させ、ぐっと筋を伸ばした。次に反対側も同様の動きをする。胡坐をかいていた足も延ばし、全身の筋肉をほぐすと、ずれた眼鏡を直しながらため息とともに立ち上がった。
魔導書内の旅路での奇妙な点として真っ先にリシャルトが尋ねたのは、魔導書ヘルトラウダの中だというのに、ヘルトラウダはリシャルトとともに行動をしていることだった。聞くと魔導書内のヘルトラウダは本体の自我を一部切り取ったものになるそうだ。
そして何よりも奇妙なのが、先のオークとの戦闘でリシャルトは死亡しているのだが。
なぜか生きている。
「さぁ、先を急ごう」
そういうリシャルトの顔色はいたって健康な人間のそれである。むしろ元気が良すぎるほどに。
「本当に随分と元気だね。私は大変助かるのだけど」
魔導書ヘルトラウダは微かに感心の色を、その穏やかな声音に滲ませる。
「これで早く改竄者のもとにたどり着いてくれたら、もっと助かるのだけどね」
さらに続けるヘルトラウダ。
うぐ、と声を詰まらせるリシャルト。
彼らが魔導書内を歩き回って、およそ一日が経とうとしている。ヘルトラウダとともにインクの跡を追っていたが、魔導書ヘルトラウダの中は規模の見当もつかぬほどの広大な神殿、あるいは城のような形をした、まるで大迷宮のようであった。それもその意匠に関しては目にしたことのないものばかりだ。
天井は高く、見上げて目を凝らしても暗闇が広がるばかりで果てがないし、渡り廊下を歩いて柵から下を眺めれば、これまた底なしのような闇が広がっている。簡素な扉のついた部屋を開ければ、豪奢な内装の書斎のようなところ(中の本を読み漁ろうとしてヘルトラウダにやんわりと制止された)へ出たり、大食堂、談話室、王の謁見の間、朽ち果てたあばら家のような部屋や、ただの石壁に覆われた空っぽの部屋に出たり大迷宮だけなのかと思えば、鬱蒼とした森や湿地帯、青空の広がる草原に出たりなどなど。
いつしかインクの跡も見失い、気づけば豪華絢爛な舞踏会場の間でオーガに襲われ、そこで初めての死を、リシャルトは体験したのだった。しかし死と言っても、激しい痛みの後はすぐに暗転し、意識を失ってしばらくしてからあのように目が覚めると言った具合で、この魔導書内でリシャルトが体験しているのが本物の死と蘇生なのかはわからない。彼がこの魔導書内で死と蘇生を体験したのはこれで二度目である。ヘルトラウダに尋ねたのだが、蘇生魔法を使えても魔導書内での死と蘇生についての記述が改竄されているため、説明ができないとのことだった。
「これ以上オーガに出くわさなければ、きっと大丈夫だよ」
苦笑しながら頭を掻くリシャルト。ヘルトラウダはぱらぱらと本のすべてのページを軽く捲る。リシャルトには、なんとなくそれが小さくため息をつくかのような動作に見えた。
「では、行こうか」
ヘルトラウダに促され、リシャルトは頷くとくしゃくしゃと鉄黒色の髪を掻きながらゆっくりと歩き出した。
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