魔王様、プロデュースさせてください!

冬野ゆな

第1話 こんな古典的な事ある?

 闇が渦巻く城を見上げ、魔人や魔物たちがいまかいまかと待っていた。

 やがてバルコニーの扉が荘厳に開かれると、中から黒い鎧を纏った巨大な姿が現れた。深い色のマントが揺れると、おおおお、と下から歓声があがった。

「魔王様!」「おお、新たなお召し物だ!」「お似合いだわぁ」「魔王様!」「魔王様!」「魔王様、ばんざい!」といった声が波のように響き渡る。


「諸君――」


 深く落ち着いた声が響く。


「今宵も良い夜だ。親愛なる同胞よ、敬愛なる輩よ、我が爪にして牙どもよ。今宵も汝らの忠誠を見られて、私は満ち足りておる――」

 そこで言葉が切られると、再び歓声があがった。

「慢心するなかれ、だが傲慢であれ輩よ。人間の勇者と名乗る者が魔界へと向かっている。力をつけよ、そして全力を尽くせ、同胞どもよ。魔界の力を人間どもに、共に味わわせようぞ!」

 おおおお、と再び歓声があがった。

「魔王様!」「魔王様!」「魔王さまあ!」

「……うむ」

 魔王はその熱狂を聞きながら、満足げにマントを揺らして踵を返した。魔人たちはその様子に惚れ惚れした。

「おお……、今日も魔王様は素晴らしい」

「この頃は一段と輝いておられる」

 魔物たちも口々に言い合った。


 魔王は靴音を響かせながら、自室へと戻った。

 扉を開けると、そこには一人の女が立っていた。タイトスカートのスーツを着た、若い女。彼女はこの世界の人間とは明らかに違う空気を纏っている。

 魔王と女の間に流れたほんの僅かな緊張感の後、女は両手を叩いた。


「素晴らしい、魔王様! 今日のステージはとても良かったわ!」

「そ……そうか?」

 突如として照れたような声をあげる魔王へ、彼女はにっこりと笑った。

「ええ! 前回言ったところもちゃんと直ってるわ。もっと自信を持っていいのよ!」



 彼女の名は沢田由里子、ごく普通の平凡な二十四歳。……だった。

 名前からして平凡な彼女は、平凡な自分を変えたくて、小さな芸能事務所に就職した。彼女の仕事はアイドルプロデュースだ。アイドルのコンセプトから、レッスンの手配、イベントの企画、グッズの作成。そして顔を売るための地道な活動までなんでもやった。芸能事務所は弱小で、由里子のような新人でもアイドルを任されてしまった。しかし世の中は厳しい。動画サイトなどを使い、自分で自分を売り出すような人間はまだいい方。社長がスカウトしてくる少女たちはたいてい承認欲求の塊で、由里子は完全に振り回されていた。

 由里子は、なんとかアイドルを一人前にしようと努力を重ねた。しかし睡眠時間は削られ、ミスを連発し、そのうえ肝心のアイドルたちは地道な努力をしようとしない。由里子は完全に疲労が蓄積していた。状況判断が完全に削り取られてしまっていた。

 そして由里子は、疲労を重ねて赤信号に足を踏み込んでしまったのだ。まるでお約束のようにトラックに轢かれた衝撃が起きたと思った瞬間、ここへと飛ばされていた。


 由里子は突然目の前にいた魔王に驚き、魔王も突然現れた人間に驚いていた。


「わああああああ!?」

「ウアーーーッ!!?」


 そして二人して叫んだ後、魔王は当然、取り繕った。というか、取り繕おうとした。

「な、わ、我が領内にどうやっ……、え!? 本当にどうやって来たんだ!?」

 完全にパニックになっていた。

 二人で落ち着くのに八分かかった。


「ええ、なんか、よくわからないことに……。これ、夢なんですかね」

「私の存在が夢であってたまるか。お前こそ本当に人間なのか?」


 お互いにお互いをものすごく疑ったあと、どうやら現実らしいという事に着地した。

 トラックに轢かれてどこかに来てしまうという、超古典的すぎる方法で違う世界にやってきた事にもショックを受けていた。そのうえ目の前には自称魔王。数え役満か、と由里子は少しだけ現実逃避をした。

 その自称魔王、もとい魔王は確かに二メートルは超えている巨体で、人間とは思えない。頭をすっぽり覆う黒いメットからは、ボサボサの黒髪と自前の角のようなものが覗いている。しかしいまは由里子と一緒に座り込んで話を聞いている。魔王というか、むしろ「魔王?」だ。特にこの目の前の魔王に足りないものといえば。


「……あの、本当に魔王なんですか? 魔王っていうと、もっとこう、威厳とか……」

 つい言ってしまってから、由里子はハッと口をつぐんだ。

 いきなり何を言い出してしまったんだ、己は――と若干の後悔に駆られる。

「威厳か……」

 だが魔王は、ため息をつくように言った。


「ど、どうしたんですか」

「どうもこうもない。私は確かに魔王である。しかし私は、ただこの見た目が一番魔王っぽいというだけで選ばれてしまった魔人で……っ!」

「えー……」

 魔王ってそんな簡単に決まっていいのか。

 さすがにその返答は予想外だった。

「私とて努力はしている。……私は魔王である。魔王軍を指揮し、鼓舞し、人間どもを蹴散らす、そのような魔王であろうとしているが、どうもいまいちでな……」

「そ、そういうものなんですか。でも貴方が魔王じゃなきゃいけない理由はあるんですか? 選ばれたから?」

「いいや。例えそれっぽいという理由であっても、私は魔王だ。魔王として選ばれた以上、魔王であらねばならない。魔王軍と魔界のためにな」

「大変なんですね」

「威厳が無いというのならば、きっとそれは……、私の努力が足りぬのだろう」


 由里子は感銘を受けた。

 確かに魔王は、魔王として選ばれるだけあって、見た目は非常に優れているのだろう。そして、魔王軍に対して、最高の魔王であろうともがいている。由里子の脳裏に、いままでプロデュースしてきた女の子たちがよぎった。

 社長がスカウトしてきた女の子たちはみんな、見た目は優れていた。可愛い宝石の原石たち。みんなアイドルになりたくてスカウトに応じた子たち。しかし社長の見る目は中途半端だったらしい。彼女たちはすぐに結果を求めるばかりだった。地道な草の根活動を嫌い、自分のずれた音感にも何故か自信を持っていた。

 由里子は彼女たちを何度も説得した。他の事務所にも頭を下げて、合同での練習にも参加させたりした。由里子は時に、自分のプロデュース力を責めた。説得できない自分を責めた。彼女たちをアイドルにできない自分を責めた。でも、駄目だった。一人、また一人と辞めていった。すぐに芽が出ない。たったそれだけの理由で。

 しかし、目の前のこの人は違う。

 見た目が優れているという一点において選ばれた彼は、なんとか魔王であろうとしている。魔界の王であろうと必死にもがいている。

 それなら。

 それなら――!


「魔王様……」

「なんだ、人間?」

 由里子は立ち上がって、魔王を見上げた。

「私が、私があなたを、立派な魔王としてプロデュースしてみせます!」

「……え、ぷ、プロデュース?」

 それは由里子の決意だった。

「そうです。私は以前、こうして誰かを輝かせるための仕事をしていました。私の仕事は、輝きたいと思っている人を輝かせること。原石を磨き上げ、ステージの上で最高の姿にしてみせること!」

 拳を握りしめる。

「私が必ず、あなたを最高の魔王にしてみせる。この魔界というステージで、いちばん恐ろしく、崇拝され、そして親愛と畏怖に満ちた、闇色に輝く――最高の魔王に!」


 そうして、由里子と魔王の、魔王プロデュース計画が始まった。

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