クジラ電車

Lie街

クジラ電車

 駅で電車を待っていたら、クジラが滑り込んできた。

 点字ブロックよりも前はクジラの潮でびしょ濡れになっていて、フライングで飛び出した友達は、私の隣でバケツを被ったような状態になっていた。

「なにこれ」

 それは私のほうが聞きたかった。

 私は仕方ないのでそのクジラに乗り込んだ。

 車内(クジラの体内をそう呼んでいいのかは定かではないが)に入るとほのかな海の匂いが漂っていた。座席は血液の循環があるかのように温かく心地よかった。そのせいもあって友達は私の隣で眠りほうけていた。

 窓の外を見るとそこは見覚えのある景色ではなかった。果てしなく続く地平線と大空を飛び交う海鳥の群れは、美術館に展示されている絵画の一つのようであった。

「ボンジュールノ」

 瞳の青い女性が私に向かってそう挨拶した。私は日本人らしく会釈をすると、女性は笑って他の車両へ去っていった。

「グッモーニング」

「ナマステ」

「マーチ」

 様々な国の人々が、隣の車両から隣の車両へ、私に挨拶をしてから去っていく。

 私はその度々に会釈をする。その動作が眠気を誘ったのかはわからないが、私も次第に寝入ってしまった。


「……ろ〜。きろー……。おきろー!」

 私が友達の声に応えて目を開けると、そこは学校の最寄り駅だった。

 友達に手を引かれるまま改札を通る。走り去る電車はもうクジラの姿をしていなかったし、友人の服は濡れていなかった。

「おはよう。よく寝てたね〜」

 友達の挨拶に対して、私は会釈で答えた。

「なんだ?えらく他人行儀だなぁ」

 友達はそう言って拍子木のようにカッカッと笑った。

「……。おはよう」

 私は思い出したようにそう口にした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クジラ電車 Lie街 @keionrenmaro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説