第二話「宿場町とアホギツネ」 1/2

 山越えは日没に至っていた。


 ウコンと奥方は真っ暗になっても夜目が利く種族なので暗闇の中を恐れることなく歩んでいた。

 いっそ涼しい分、月明かりの下を歩くのは心地がよいくらいだ。


 一方、昼間の山道には多少なりとも見かけた草食種のケモノビトは一切見かけない。

 薄闇の中、爛々と目を輝かせてる二人の姿はともすれば恐怖の対象になるやもしれないが――。


「ああ、お夕飯が恋しいわ。それに温泉も……」


「今しばらくの辛抱ですよ、奥方様。昼寝した分を取り返さなくては」


「うう、種族の性だから抗いがたい誘惑なのよ、お昼寝は~」


 闇夜に灯る眼光の持ち主がよもや泣き言をいいながらとぼとぼ歩いていようとは誰も思うまい。


『ほっほう、ほっほう』


 梟の鳴き声があたかも嘲笑っているように聴こえてならない一時だった。




 ようやく山間の宿場町へやってきた。

 辿り着いた人里はもう寝静まりかけている。もう亥の刻(※午後九時~午後十一時頃)だ。

 しかし宿場町というのは農村と違い、いつでも誰かが起きており、篝火が焚かれてもいた。


「あら、どうしてこんな夜中に明るいのかしら」


「農村と違い、街道沿いにある宿場町は駅制によって設けられております。全国津々浦々を効率よく往来するために一定の距離ごとに人馬を整えてあり、緊急の出来事に応じられるよう備えるようお上に定められているのです。もし天災や竜魔のような危機があった時、宿場町が常に機能していなくては情報の伝達に差し支えますので」


「ふ、ふむ」


「手指を動かさず休めることはできても、血管を止めては死んでしまうのと同じです」


「ああ、正座してると脚が痺れますものね」


 目上で武家の姫君であらせられる奥方になぜ教える立場になるのかウコンは疑問に思う。

 ひとつに、奥方は箱入り娘、世間知らず、といった側面があるらしい。

 学芸の教養はあったとて、実生活でのアレコレには疎い。一方、忍者として学ぶ必然性のあるウコンは否応がなく詳しくあらねばならないわけだ。


(……めんどい)


 そう内心に思いつつ、一方では素直に耳を傾けてくれる奥方が少々面白くもある。

 あれやこれやと教わる側に立つ機会は多いが、教える側になる機会は稀だ。


(偉い人の長話みたいにはなりませんよーに)


 ウコンは手短にまとめる。

 宿場町は『本陣』『脇本陣』『旅籠屋』という主に三区分の宿舎を備える。『本陣』はより上位の武家が使い、『脇本陣』はその従臣が寝泊まりする。いずれも地元有力者の私有邸宅を借りる形となり、利用すれば謝礼こそすれど“対価”ではなく儲けはない。しかし名誉や特権が得られた。

 一方の『旅籠屋』は商業施設、金銭を支払って寝泊まりするもので一般人も利用できる。


「さて問題です。我々は今宵どこに泊まることになるでしょうか」


「え!」


 不意に問われて、奥方は焦った様子だ。寺子屋のこどもみたいになやんでいる。


「旅籠屋、かしら。いかに武士といえど、夜更けに訪ねてきていきなり脇本陣を貸してもらえるものではないはず、よね。この仇討ち旅は公務でもないわけだし……」


「正解にございます、奥方様」


「ほっ」


「しかし不正解でもあります」


「なぜに!?」


「我々は“仇討ち免状”を有する武家の者です。公儀による正式な手続きを踏まえている為、必要に応じて、現地での援助を願い出ることができます。不当には協力を断れないのです。かといってお偉方というわけでもないので『脇本陣』を借りるのが本当の正解です」


「さ、左様で……」


 納得するが、すぐに奥方は「けれど亥の刻よ、ご迷惑にならない?」と疑問を返してきた。


「ご心配にはお呼びません奥方様、わたくしの“仲間”が先約を入れてくれているのです」


「仲間……?」


 脇本陣の特徴に“門”がある。本陣より小さくともそれなりに立派な格式のある邸宅だ。

 一方、旅籠屋には門を設けることができない決まりになっている。

 その脇本陣の門前にて、提灯を片手にしながらあくびを噛んでいる銀狐が一匹いる。


「ふわ~ふぅ」


 銀狐のサコン。

 奥方とは初対面となる、黒狐ウコンの相方だ。


「やーやーおふたりとも、お探しのお宿はここだよ~」


「紹介いたします。この大口あんぐりアホギツネがわたくしの相方、銀狐のサコンです」


 大概な罵りに怒るでもなし、サコンははしたない口を閉じれば「おや失敬」と悪びれた。


「お初にお目にかかります雪代ノ奥方様、アホギツネのサコンにございます」


「いいのかお前ソレで」


「いいのだよ、能ある狐は油揚げを隠すというだろう?」


「言わない、後世にも遺させない」


「ふふっ、ふたりは仲良しさんなのねぇ」


 奥方は口元に手をあて、くすくすと上品に微笑んだ。ウコンとしては存外、好きな仕草だ。


「親友でござい」

「いえ悪友です」


 いつになく親しい間柄を強調してくるサコンはなにか魂胆でもあるのだろうか。

 同族同性同年の同僚で同棲してる相方とはいえ、喧騒の権化たるサコンには時々うんざりする。四六時中一緒というのは落ち着かないのでウコンはすでに奥方とふたり静かな山中が恋しかった。


「感謝したまえよウコンやい、あたしのおかげで今夜は無事に寝泊まりできるのだからね」


「それは素直にありがたがるとする、よくやった」


「えっへへー!」


 ホントに忍者なのかこいつ、と疑わしいほどサコンは銀毛の尻尾をぶんぶん振って喜ぶ。


 銀狐と黒狐のやりとりが微笑ましいのか滑稽なのか、奥方は幾度か笑っている様子だった。


 さてもひとまずは寝床の確保もできて、旅の初日は無事に終えるかに思えた。

 しかしウコンにとって本題はここからだ。

 夕飯だ。

 この真夜中に一体なにを食えるのか、それがウコンには目下最大の不安だった。

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