28.嘘と告白

「兄貴さ、高認で大学行ったんだよね」


夕日に包まれた帰り道。

バスを降りて二人きりになったとき、不意に友美が言った。


「へ、こうにん・・・?」


「ああ、ごめん、知らないよね。高卒認定試験っていうんだけど」


「それって、高卒とは違うの?」


耳慣れない単語に戸惑っていると、友美が簡潔に説明してくれた。


「高認」の正式名称は、「高等学校卒業程度認定試験」。

わたしのように「高校卒業の学歴」と混同されることが多いらしいけれど、

通常の、いわゆる「高卒」は高校を卒業すれば自動的に授与される学歴で、

「高認」のほうは、「高校卒業程度の学力があることを証明する資格」なのだという。

その目的は、何らかの理由で高校を卒業できなかった人に対して、高校卒業の経歴と同程度の資格を取得する機会を持ってもらい、将来の選択肢を増やしてもらおう、

というものらしい。


「まあ、つまりね」


向こうから走ってくる小学生にすっと道を開けてから、友美は続ける。


「兄貴、高校には行かなかったんだよ。っていうか、中学も2年までしか行ってないんだ。いろいろ、あってさ」


「・・・・・・そうなんだ」


「うん」と言った友美の歩幅が、少し狭くなった気がした。

走り去っていく子どもたち。車庫で眠っていた猫が、迷惑そうにあくびをした。


「あたしと兄貴と、けっこう年齢とし離れてるから、あたしは全然子どもだったんだけど、それでも、いや、それだからかな、家の空気が毎日重くて。兄貴はもちろん、お母さんたちもぎくしゃくしてたし。それもあってかな、小さい頃、よく体調壊してた。これがまた、家の重石になっちゃってて、でも、どうしようもなくてさ。保健室の常連だったよ。小学校のときにクラブが出来て、陸上やり始めたのも、今から思ったら、半分憂さ晴らしが理由だったんじゃないかってと思う。もともと走ったりするのは好きだったし、今でも楽しいからぜんぜんいいけど」


小さな一呼吸分をおいて、友美は続ける。


「じつはあたしね、子どものとき・・・あ、今も未成年だ。とにかく算数とか理科とか大嫌いだったんだよ。ていうか、勉強大嫌いだったんだよ。50,60点くらいとか、毎回そんな感じ。」


「え、そうなの!?」


「うん、陸上もそんな感じだったし。おまけに、超地味で大人しかったよ。リアルすみっこ暮らし。あと、言ってなかったけど、お父さん理容師でさ。毎月、毎回同じ髪型に切られるの、めっちゃ嫌だったなー。4年生まで続いたんだよ?軽く拷問だよ」


「えー・・・・・・」


目の前の友美と比べて、想像がつかなすぎると思っていると、のぼりん、反応わかりやすすぎと、笑われてしまった。

笑わないでよと、すねたふりをしてごまかした。さすがに気恥ずかしくて、本音までいうつもりはなかった。でも・・・・・・。


「でも、友美、今ぜんぜん違うよね。見た目はわかんないけど、バリバリ理数系じゃん。何かあったの?」


勉強好きになるきっかけが、という意味だったのだけど、友美が口にした理由は少し違っていた。


「数字は嘘つかないから」


「嘘?」


「そ。きっかけは忘れちゃったんだけど、中2のときかな。急に思った。言葉は、嘘なんていくらでも作れるって。並べればいいだけだから。・・・あ、中2のときだよ!? 地元のね!? 断じて高校のときじゃないからね!? そこ、大事よ!?」


わたしの不安の色を見て取ったのか、友美が急いで付け足す。

めずらしく本気で慌てた様子だったので、たぶんわたしはひどく情けない顔をしていたんだろう。想像がつきすぎる。

大丈夫!大丈夫じゃない!のやりあいを数度繰り返してたら、なんだか二人とも笑えてきて、しまいには友美が「アオハルだー!」とか言い出して、いつのまにか友美のおごりで、わたしたちはミスドの店内にいた。


「あんなこと言っておいてだけど、こっち来てからは」


4個目のドーナツに手を伸ばしながら、友美が言う。

夕飯入らなくなるよと、いちおういつもどおり言ってみる。

別腹だから大丈夫という、いつもの答えが返ってきた。

同じ年の女子としては反則だよーと言いたくなるけど、友美の運動量を思えば、反則でも何でもない。


いつでも明るい店内は、わたしたちくらいの年齢の子がたくさん。

たまに居心地悪そうに列に並んでいる背広のおじさんは、家族用のかもしれない。


「ふつうに楽しいよ。いろいろやったけど、よかったなと思う。のぼりんのおかげで、やりたいことも見つかったかもしんないし。かもしんない、だけどね」


え、どゆこと?と言い終わる前に、


「そういえば、のぼりんは?」


「へ?」


「進路。どーするとか、ある?」


「・・・それがね・・・・・・。困ってるんだよね・・・・・・」


積極的な意味で・・・例えば、「迷っている」んじゃなかった。

そうじゃなくて・・・・・・。


「何もない・・・っていうか・・・・・・」


「白紙ってやつ?」


う・・・。ズバッと言ってくれるな・・・。

そういうことじゃないんだけど・・・と小声で付け足すと、

友美に「みなまで言うな」と、人差し指を立てられた。


「・・・友美。時代劇じゃないんだから」


ため息をつくわたしを無視して、友美はチッチと指を振る。

これも「アオハル」効果なのか、ニマニマとずいぶんご機嫌そうだ。

そのうち人差し指にチュロスを引っかけて、くるくる・・・・・・

やりかねないな、この子・・・・・・。


「当ててみせよう。おぬし、書くことがないのではなく、書けることがない、であろう?」


「書け・・・? って、なんでそうなるの!」


「カン」


・・・軽く頭痛がしてきた。わたしはそんなにわかりやすい?


「さあさ、お姉さんになんでも言いなさい? 誰にも言わないから?」


「友美、なんかエロおやじ臭い・・・」


美少女が台無しだよとは、なんか悔しいので、心の中だけにしておいた。


問題はここからだった。

この子は本当にコーラで酔っ払ったんじゃないか、いつからここはコークハイを出すようになったのかというくらいの追及が始まり、しょせんしじみ程度の防御力しかないわたしの牙城は、あっけなく崩れ去った。


「そっかぁ。それがのぼりんの夢かあ」


めに向かうというウーロン茶を片手に、友美だけご機嫌だ。

その向かい側には、半分ふてくされたわたし。


「あの、ほんと秘密にしてよね? これ、まだぜんぜんそうと決まってるとかじゃ・・・」


「わかってるって! 語り合おうではないかのぼりんよ! 朝まで付き合ってもいい!」


いや、それはそれで困る。主に、わたしが・・・・・・。


「さーて、今日はまだ食べるぞー! のぼりん、かんぱーい! ほら、グラス!」


よくわからないけれど、オレンジジュースの入ったグラスを掲げる。

だいたい、わたしのほうはもう半分も入っていない。

そして友美、あなたの手のそれ、グラスじゃなくてチュロス・・・。


言い終わる前に、そんなちぐはぐな「かんぱい」は終わっていた。

1時間なんて、あっという間。


そしてわたしたちの高校生活も、あっという間に過ぎ去った。














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