第二章

11.返事

 店員さんの笑顔に見送られ、席に着く。

注文したは、「くるみのシフォン」と「オリジナルブレンド」。

今日は以前覆面調査で行ったカフェ、「ジェルモーリオ」に来ている。


 わたしにしてはめずらしく、昼間から外食をしている。

店内のお客さんは、五割入り、といったところ。


 大学生くらいのカップルと、ママ友グループ、というやつだろうか。

赤ちゃん連れで、ひとりで来ているひともいる。


 「ジェルモーリオ」に来るのは、このまえの覆面調査依頼だ。

レビューもよかったし、たぶん実際に、お客さんに受け入れられたお店だろう。


 前回も思ったけど、今回のシフォンも美味しいし、コーヒーもコクがあって、これもまた美味しい。ほっとするというより、静かに落ち着く味だ。

 木目のテーブルもあいまって、なんだか眠たくなってきそうだ。


 でも、ちょっと入りにくいかもなと、今更気づいた。


わたしじゃない、彼のことだ。

このお話は、ほぼ一週間前の、木曜日にまでさかのぼる。


「これ。お礼」


 味気ない小袋に包みなおして、渡したそれ。

男の子はそれを、小鳥を扱うような手つきで受け取った。


 少し間をおいたあと、好奇心がまさったのか、

「あけてもいいですか」といったあと、袋を開いた。

 礼儀正しい子だ。でも、大丈夫だよね・・・。

わたしの心配をよそに、男の子はマステの部分を丁寧に剥がしていく。


「すごい・・・・・・」


 思わず、といった様子で、男の子がつぶやいた。


 無地の袋の中には、正方形の、あでやかな色の世界が広がっていた。

男の子は、食い入るようにそれを見つめている。

 なんだか、はじめて万華鏡を買ってもらったときを思い出した。


「これ。せん、かみ?」


 そう読みたくなるけど、残念だけど不正解。やっぱりまだ子どもだ。

少し微笑ましい気持ちになりながら、答えを言う。


千代紙ちよがみっていうらしいの。『千』の部分が、『ち』で、次が『よ』。それで、千代紙」


 箱の表面にさまざまな柄の紙がプリントされた、三十枚の和紙のセット。

それが、あの日思い立ってわたしが手にした、「お礼」だった。


「店員さんにも聞いたらね、折り紙にも使えるって」


「え・・・」


 しまった!これでは「盗み見しました」と言っているのと同じだ。

ああ、男の子の目が変わった気がする。


 恥ずかしさと後ろめたさとその他(主に保身)で、内心ひとりわたわたしていると、男の子がぽつりと言った。


「男子が折り紙って、変・・・ですよね」


 意外なところから返しがきたので、へ?と、間抜けなことを言ってしまった。

変?わたしじゃなくて、この子が?


「変、なの?」


 思わず真顔で反応して、全然答えになっていないことに気づく。

こういうところがまた、いけない。


「いいんじゃないかな、わたしも好きだよ、折り紙!」


 慌てて言ったことだけど、嘘はない。わたしは折り紙を折るなんてずっとやっていないけれど、子どものころに折っていたそれは、どれも懐かしい思い出となって情景を温めてくれる。

 男の子はくすりと笑って、言った。


「お姉さんも、折り紙、好きなんですか?」


「うん。あんまり上手じゃないから、あんまりしないけど」


『あんまり』どころか、まったくしていないけど、つい言ってしまった。あと、よかった、わたしも「お姉さん」の区分なんだとどうでもいいことを思いながら答えた。

 すると男の子は、少し考えた様子のあと、言った。


「ボク、いつもここに来てるんです。お姉さん、今度本返すとき、お返し・・・します」


「え、そんな、悪いよ」


 と、言うべきなのだろう。けれどなぜか、それが言えなかった。

男の子は、とてもきらきらした目をしていたから。


 突然、きびすを返して図書館に向かう男の子に、思わず声をかけた。


「ねえ! きみ、名前は?」


 聞いていいのかなともちらっと思ったけど、もういいや。

そして男の子は、くるっと振り返って言った。


「サカシタ、サカシタユウトです!」


 はじめて聞く、その子の大きな声だった。


 そして、サカシタユウトくんの言った「今度本返すとき」は、あと六日後だ。


 六日にわたしがいるという前提でお返しをしてくれるというのは、やっぱりまだ子どもなんだなと思った。あのくらいの年頃なら、働いている人はみんな平日は仕事って、考えていそうなものなのに。最近の子はそうでもないのかな。


 とりあえずコーヒーにミルクを落として、いつものノートを広げる。


 申し訳ないけれど、今日はちがう意味で、お店のほうが「難しい」場所だった。

もちろん、わたしがみたのはそのお店の一場面だ。


 それでも、酷評とまではいかないけれど、いろんな気持ちと、企業に対する提出物を書くという気持ちで、わたしも難しい気持ちになってくる。


 もともと、流行はやっているとか、好評だとか、そういう店ではなかった。

依頼先も、そのあたりをなんとかしたいと思って、今回のような募集をかけたのだろう。


 チェーンの飲食店だったけど、一言でいえば、食事うんぬんの前に、接客態度がまずかった。


 お客さんはいたし、たしかにわたしには存在感がないので、来店に気づかないくらいは、まだいい。

 けれど、注文をしようと「すみませーん!」と呼ぶと、「はーい!」の代わりに、「おい!」と、いらだったような声。店長さんだろうか。

 見るからに重い鍋を、それぞれ片手でコンロに乗せる。将棋の「かく」のこまを思い出す顔の人で、それはどうでもいいとして、なんだかこう・・・


 集中とはちがう、すごく余裕がない表情かおをしていた。


 一瞬わたしに言われたのかと思ってびくっとしたら、さっきまで寝てたんじゃないだろうかというお兄さんがやってきて、「・・・なんです?」。

 ついでにいえば、水も出されていなかった。


 もともとは、そういう店ではなかったらしい。

他のレビューには、「味が落ちた」、「雰囲気が悪くなった」、「この系列でも上位だったのに」といった内容のものが目立つ。


 正直に言えば、あのお店の親会社となる企業のことは、まったく業種はちがうけれど、わるい意味でわたしも知っている。


「コストダウン、コストダウンって、味までダウンしてどうするんだよってね」


 少し前に、グルメ誌関係の方がもらしていたセリフだ。


 料理の味はに酷評されるような味とは思わなかったけど、他のチェーン店に比べると、たしかにちょっと、何かとがったような味。

 でも、わたしはこの味、そんなに嫌いじゃない。


「悪くなった」前は、どんな味だったんだろう・・・。


 お会計を終えて、背中に「ごちそうさまでした」を言っても、調理をする背中は、何も言わなかった。


 わかってはいたけど、こういうとき、ペンはなかなか進まない。


 「角」の駒のひととちがって、ここの店員さんは今日もかわいいなとか、エロオヤジのような現実逃避までしはじめる始末だ。

 もちろん逃げた分だけ、現実は追ってくるのだけど。


 思わず大きなため息をついたとき、横から声をかけられた。







































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