第202話 説明
星空は、ある雑居ビルの前に立っていた。
看板には《タソガレエージェンシー(仮)》と言う適当な看板がかかっている。
普通なら、騙されているのではないかと思う様な外観であった。
星空は「よし!」と気合いを入れて、雑居ビルのドアを開けて中に入った。
昨晩、星空は姉である亜夢と母にこの事を相談していた。
亜夢は「ファッションの為に傷がつきそうな冒険者にはならない」と言っていた星空が、冒険者になりたいと言った事に驚いていたが、母は、仮免を取った時に親が同意をしている為、星空が一度冒険者を諦めた事も知っている。
話を聞いた2人は、星空の背中を押してくれた。
母は、内心未練たらたらで、後ろ髪を引かれているのに気づいていて「やっと決心がついたのかい」と背中を押してくれた。
亜夢は、先を越されると悔しがっていた。
亜夢も高校を卒業したら冒険者の登録をするそうだ。
高校では、部活をやり遂げて、全国を目指すと張り切っていた。
家族に背中を押されて、憧れの冒険者に口を利いてもらい、そして、連絡した冒険者マネジメント会社は超大手。
高校を卒業したら東京に行ってお世話になろうかと思っていたが、なんと新潟に支社を出すと言う事で、今日面接と言う名の説明を受ける事になったのである。
雑居ビルの中に入ると、なんとタソガレエージェンシーの社長である板野奈緒美が待っていた。
「いらっしゃい、貴方が松井星空さん?」
「は、はい! よろしくおねぎゃいします」
「そんなに緊張しなくていいのよ」
緊張で言葉を噛んでしまった星空に、奈緒美は優しく言った。
部屋を移動して、椅子に向かい合って座る。
雑居ビルだが、清掃が行き届いている為か、暗い感じはなかった。
「さて、今日来てくれたのはタソガレエージェンシーに就職予定でアルバイトを希望するって事でいいのかしら?」
「はい、よろしくお願いします」
「ふふ、ありがとう。黎人君の紹介ではあるけど特別待遇はできないわ。だから、説明を聞いてから最終的な返事をもらえるかしら。まずはこれを読んでね」
奈緒美が東京から直接やって来て、こうやって面接しているのは特別待遇ではないのかと言うツッコミは置いておこう。
奈緒美はが提示した資料に、星空はゆっくりと目を通していく。
読み終わった後、星空は奈緒美に質問をした。
「なんですか、これ……」
「何か引っ掛かった所があったかしら? タソガレエージェンシーだけじゃなくて、椿やクジラも同じ様な条件だと思うんだけど?」
「違いますよ、こんな条件、本当なんですか?」
星空はガバッと身を乗り出す様にして質問した。
資料の内容は、冒険者と会社の取り分は7:3、武具のレンタルや指導内容が書かれている。
マネジメント料は少し高めであるが、他の項目に星空は驚いた。
まず、ノルマの表記がなかった。完全な出来高で、魔石を稼げばそれだけ稼ぐことができる。
それに、武具の破損に対して、メンテナンス利用料や破損時の弁償割合などの項目がない。
つまりは30%以上は引かれないという事である。
指導方針や指導内容も、事細かに記載されている。
以前にバイトして冒険者を諦めた星空にとって、待遇の違いに驚いた。
それも、前置きとして特別待遇では無いと言われているのだ。
「どこが気になるかしら?」
「あの、記載がないんですけど武具のメンテナンス料金や破損した場合の弁償なんかは?」
「そんなものないわ。冒険者をマネジメントする上で安全は1番大事な項目だもの、その為に高いマネジメント料をもらう訳だし」
「指導方針は、指導冒険者はこの通りに指導してくれるんですか? 彼らのノルマなんかは?」
「だから、ノルマなんかないわ。貴方達が納めた料金の一部が指導冒険者へ支払われます。それ以上にかせぎたければ、自分達が魔石を稼いで来るシステムだから」
しきりにノルマを気にする星空に、奈緒美は苦笑いで答えた。
指導に付く冒険者は、指導役職手当がつく。
手当でも生活はできるが、もっと稼ぎたいなら自分も位の高い指導冒険者にお世話になって強いダンジョンに行けばいい。
勿論、指導をせずに魔石の稼ぎだけで稼ぐ冒険者もいる。
これは向き不向きもあるし、どちらがいいとも言えない。
高ランク冒険者になれば、武器のサブスクの様な感覚で会社に登録したままの冒険者を続ける者もいれば、自分が育てた冒険者達と独立してフリーランスになる冒険者もいる。
どちらにしても、低ランク冒険者からむしり取るよりは、高ランク冒険者に育ってもらって価値のある魔石を納品してもらう方がいいのだ。
やる気があれば安全に稼ぐことができる。
その代わり、労働時間の記載は無い。
世間一般でブラックと言われる労働時間を働くことも可能だ。
会社によって、無理のない様に体調管理はされるので、無茶はできないが、稼いだ分は確実に給料に結びつくのだ。
これは、冒険者不遇時代に冒険者に労働基準法が適用されなかった所を逆手に取っているのだが、頑張っただけ稼げれば、やる気のある人は残業するし、なるだけ休みたい人は、生活費を稼いだら後は出て来ない事も可能な働き方であった。
疑問に思った事は、細かく説明して、星空も納得して契約を交わした。
その後、初指導して行くか聞かれたので、星空は指導をお願いしたが、今日の指導はそこまで進まなかった。
その理由は、貸し出される武具は、黎人がポンポン渡す様なインナースーツでは無いものの、Bクラスダンジョン位には行けてしまう様な防具に、初心者武器としては高級品の《始まりの町》ブランドの武器に驚いて質問してしまい時間を使ってしまった為。
それに、ダンジョンに行ってからの指導もしっかりしたもので、今まで、ほったらかしにされて疑問に思っていた事を質問する時間が多かったからであった。
もちろん特別待遇ではないので、指導冒険者は奈緒美ではなかったが、仮免許Gランクの星空に、Cランクの指導冒険者がついたのも驚きであった。
以前に勤めた冒険者マネジメント会社との差に一々驚きながら、星空の初指導の時間はすぎていった。
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