第188話 トラブル
その日、朝から紗夜は大忙しであった。
海苔弁当20個、シャケ弁当20個、ミックス弁当20個、唐揚げ弁当20個。
今日の昼までに仕上げないといけないお弁当の量である。
勿論、一般のお客さんも来る為、この予約の為に少し早起きして作っている。
買いに来てくれたお客さんにはなるだけ出来立てを提供できる様に日々頑張っている紗夜だが、お弁当なのでもちろん冷めても美味しい。
なので今回の様にお昼の予約の場合は朝から予約分を作って対応する。
「お母さん、ご飯と付け合わせの盛り付け終わったよ!」
学校へ行く前の風美夏もエプロンをつけて手伝いをしている。
「ありがとう。風美夏、もう学校行かないといけないんじゃない?」
「あ、うん。 それじゃ、お母さん行って来ます!」
慌ただしい朝ではあったが、開店の少し前には予約分の弁当は完成して、通常通りに弁当屋のシャッターは開いた。
夕方、黎人が指導の為に紗夜の弁当屋まで来ると、紗夜が元気なさげにため息を吐いていた。
「どうした? 元気ないじゃないか」
黎人が声を掛けるとハッとした様子で紗夜は顔を上げて「すみません、顔に出てましたか」と苦笑いで答えた。
「今日は大口の予約があったんですけど、無断キャンセルになってしまって……」
朝に用意したお弁当の予約主は遂には現れず、大量のお弁当が無駄になってしまったそうだ。
予約時に聞いた電話番号は出鱈目で、予約時は非通知であった為に連絡は取れず、そのまま今の時間になってしまったそうだ。
「大変そうだな。 よし、俺が全部買い取ろうか」
「春風さん! そんな」
黎人の突拍子もない提案に紗夜は遠慮した様子である。
「そこに置いてあるって事は腐ったりはしていないんだろう?」
「それは、まあ。 向こうの部屋は予約のお弁当用に冷房を低くして1日くらいなら腐ったりはしないですけど……」
「なら、全部買おう。 ギルドの職員にここの弁当は人気なんだ。 オーナーとして、差し入れをしても良いだろう?」
「でも、時間が経ってしまった物です。 差し入れ分なら今からお作りしますから」
「紗夜の弁当は冷めても美味しく作られているだろ? なら、問題ない」
「でも……」
「紗夜、人の善意にはちゃんと甘えるといい。 その代わり誰かが困っていたら次は紗夜が助けてあげなさい。 ほら、お会計は?」
紗夜は「ありがとうございます」とお礼を言って黎人にお弁当を販売した。
「それじゃ、風美夏はまだ帰って来ないみたいだし、弁当を先に届けてくるから紗夜は俺の弁当を作っておいてくれ。 勿論お前達の分もな。 俺のは今日は生姜焼き弁当で頼む」
黎人はそう注文をして店を出ていってしまった。
「ありがとうございます。春風さん」
紗夜は、黎人の背中にもう一度お礼を言った。
黎人は冒険者ギルドに着いたら受付に向かった。
「あ、春風様、今日はお弟子さんは一緒じゃないんですか?」
「ああ。今日はダンジョンに行く前にみんなに協力をお願いした事があって来たんだ」
「協力ですか?」
受付嬢がオーナーからの協力要請に少し緊張した顔つきになった。
「実はな、紗夜の弁当屋で予約の大量キャンセルがあったみたいでな、朝作った物なんだがみんなで食べてくれないかと思ってな」
「なんだ、そんな事ですか。 それは是非とも協力させて下さい! 私、柏木さんのお弁当屋さんの大ファンなんですよ。 あ、みんなにも伝えて来ますね! オーナーの差し入れだって。 あ、でもその前に、私先に選んでもいいですか?」
受付嬢は自分の分を確保すると、黎人を受付の中のテーブルで待ってもらい、職員達に声をかけに行った。
紗夜の弁当は大人気で、夜間勤務ではなく、次の日にこの話を聞いた職員は羨ましがったのだそうな。
その後、黎人は一旦帰り、ダンジョン探索の為に紗夜と風美夏と共にまた冒険者ギルドに訪れるのだが、その時に紗夜は職員達に「いつも美味しいお弁当をありがとう」とか「春風様からの差し入れ美味しかったです」「冷めてもお弁当最高でしたよ」などの言葉をもらい、落ち込んでいた気分が少しずつ晴れて、いつもの笑顔が戻って来たのだとか。
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