145話魔王の戯れ

お金の価値はどうやって決まるのだろうか?

それは必要か否か。そして信用度である。


何でもない紙が必要になった時、その紙に価値が生まれる。

そして何でもない紙が偽物ではないと信用が生まれた時、人はその紙を欲する。



さて、日本円が暴落したタイミングはいつだったのだろうか?


冒険者が海外に流出した時?


電気が止まって企業がストップした時?


ライフラインが止まって日本の造幣がストップした時?


これらも一つの要因だろうが、これだけなら今の様な大暴落はならなかったであろう。


正解は冒険者ギルドやマネジメント企業、そして冒険者が利用している店が日本円ではなく外貨を使い始め、日本円での取引を控えた時。

そして、それに伴って日本円の通貨レートが急激な変動を起こした時だった。


日本で使っている通貨が日本で使えなくなるかもしれない。

そんな不安を煽り、それに反応したかの様に日本円のレートが急変動を起こした。

勿論円安の方向に。


日本で使う通貨が日本円である必要が無いのであれば外貨に変えておいた方が安全かもしれない。

しかも日本の経済は今ストップしている。

そんな不安な状況を煽れば他国の投資家達が保有する円は外貨へと変えられ、円の価値は無くなっていく。


この信頼を回復するのは並大抵の事ではない。


〇〇ショックなどと言われ、価値が落ちた通貨や株などが信頼を取り戻し、元の価値まで戻る為には数十年と言う月日が必要な場合が多く、右肩上がりに徐々に回復する物もあれば、そのまま価値が無くなってしまう物も少なくない。



では、黒川内閣に変わった日本はどうなのだろうか。

冒険者を優遇する法律をつくり、流出した冒険者に日本の良さをアピールした。

それだけで、円の価値が戻ると言う事はないだろう。

海外の生活で満足していれば、あえて日本に戻って来ようとも思わない。

普通なら、何も変わらない筈である。



昔のある企業の就職問題に、ペンを一万円で売りなさい。と言う有名な問題があった。


一般的な回答はペンに付加価値をつけ、どれだけ素晴らしいものかを説明して一万円の価値を見出そうとする物が多かった。


しかし、この問題の定番、正解と言われる様になった回答は、ペンが必要な状況を作り出す。だった。


ペンが必要な状況に、一万円以上の価値があれば100円のペンにだって1万円を払うと言った物だ。


人によってその価値は違う。


そもそも、経済とはそうやって成り立っているのだ。

病気が流行ってマスクが少なくなり、皆がマスクを欲しいと取りあえば価値は高騰する。


カード、フィギュア、車に至るまで、人によっては価値のない物が欲しいと感じる人によって価値は釣り上がる。


金銭でさえも、自国の紙幣に価値がないと思えばレートよりも高い金額で両替を行い、外貨を得ようとする俗に言う闇レートが存在する国もあったりする。


しかし、価値を見出したカード、フィギュア、車が偽物だと発覚すれば、いや疑われた時点で価値は下がる。


価値はどれだけ必要とされるか。

そして、それがどれだけ信用されるかできまる。


黒川総理大臣に変わったからと言って日本は信用できるのか?

冒険者を優遇しだしたが信用できるのか?

日本経済はまた動き出し世界に必要とされるのか?


答えは否である。


すぐに信用すると言ってしまう人はほとんどいないだろう。


しかし、日本円を強制的に必要とする状況を作り出したならどうなるだろうか?



黒川内閣が発足して、冒険者を優遇しはじめた途端、まるでバカンスを楽しんできたとばかりに上級冒険者は日本へと戻り始めた。


黄昏の茶会を筆頭にその傘下、そして茶会と縁のあるクランは続々と日本に戻って来たのである。

勿論、茶会と繋がりのない、流れに乗って海外に出た冒険者の中には、海外に馴染んで日本に戻らなかった冒険者も居る。

しかし、大半の冒険者は時が来た。とばかりに日本に帰って行く。


そして、黒川内閣は冒険者ギルドと冒険者マネジメント企業から魔石を借金して日本全土の電力回復に努めた。


日本が冒険者ギルドや冒険者マネジメント企業から借金をした。

借金もまた、信用である。信用があるから貸すのである。

つまり、日本は日本の冒険者から信用を取り戻したと言うアピールにもなる。


そして、極め付けは、海外に拠点を移していた冒険者が運営している企業が電力回復を機に日本に拠点を戻したのである。


そして、その企業達は揃って取引に使う通貨を日本円のみに制限したのである。

海外にある支社含め全てである。

それに伴い日本の冒険者ギルドや日本で営業する店全てが円のみの支払いに戻していく。


更に、銀行が日本円の流通量を絞ったのである。

これにより、インフレであるにも関わら電力不足を言い訳に発行できていなかった円の流通量は暴落前よりも少なくなってしまう。


それと同じくして、通貨レートは反転して急激な変動を起こした。


日本円の必要性と信用性が強制的に作り出された。


こんな事が起これば、普通は各国が日本に抗議するだろう。

しかし、各国は静観を貫き、結果、日本円の価値は瞬く間に高騰、回復していった。


日本円が暴落してから戻るまでの一年半の期間を後の歴史学者が《魔王の戯れ》と呼び、教科書にも掲載される事になるのだが、その様な事を考察する余裕は、今の世の中には無かった。

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