83話大学終わりの一幕

ある日の大学。

椿翠は授業を終えて帰宅の準備をしていた。

今日はこれからダンジョンへ向かう予定で、別の授業を受けている土方楓と校門前で合流してダンジョンへ行く事になっている。


教科書などを鞄に詰めて、昨日師匠に買ってもらった武器レイピアの入っているフルートが入っていそうなケースを足元から机の上に置く為に手を伸ばしたところで声が出てかけられた。

ちなみに武器を足元に置いていたのは冒険者には管理責任がある為、ギルド以外の不特定多数が利用するロッカーに預けられない為だ。

駅などにはギルドが設置した冒険者が利用する為の専用のロッカーもあるのだが、あいにくこの大学にはそう言ったロッカーはない。


それはさておき話しかけて来た人物である。


幼馴染。と言うほどでは無いが、家の関係で幼い頃から付き合いのある、つまりは京都の名家の人間。それも椿家の様に明治以降に力をつけた家では無くそれよりも古くからある俗に言う旧家と呼ばれる血筋の人間である。


土御門五行つちみかどことわり日野万里鈴ひのまりりん


名家や旧家などと言っても、どの家も古い血筋と言う以外今のご時世に権力を持っているわけでは無いのだが、今に残るそう言った家は政治や経済に絡んで生き残っている家であり、だからこそ、古き尊い血筋と言う意識が強い家もある。

この2人の家はその典型的な家である。


その上、土御門家は椿家を取り込もうと幼少期から翠と五行をくっつけようと父に許婚を申し込んだり、社交界パーティーなどで五行を翠に当てがったりと色々としてきた。

その結果、五行の傲慢な性格に嫌気がさして中学に入ってからは翠は社交界に出たりはしなかった。

高校からは一般的な高校に進学した為に会う事は無かったのだが、大学が同じになってしまった為にこうしてまた絡まれる事になってしまっている。


「椿さん、聞きましてよ。貴方、冒険者なんて遊びを始めたんですって?」


翠が顔を顰めて返事をしないでいると、今度は五行が話し出した。


「冒険者なんて低俗な物をよくやる気になったね、速やかに辞めたまえ。僕の婚約者フィアンセの肌に傷でもついたら大変だ。

君は将来、僕の補佐をして、椿の財産をうちに持ってこればそれでいい。

ああ、君の周りを飛んでいたハエは僕がなんとかしておいたよ。感謝したまえ」


五行の言うハエとは狭間の事で、実際は狭間は夕暮れ塾の影響で怪我や疲労が溜まり、翠に絡んでくる気力が無いだけなのだが、そのタイミングで五行がいちゃもんをつけた為、狭間は鬱陶しがって「はいはい」と適当に流しただけであるし、今も、以前よりおとなしくなった物の、学食で一緒の席には座ってくるし、ゼミでも話しかけて来ている。


「椿さん、遅いから迎えに来ちゃいました。

あ、すいません。取り込み中でしたか?」


この鬱陶しい2人をどうしようかと翠が考えていると、楓が教室まで迎えに来た様だ。

勿論、楓は翠と2人が話中なのを分かっていながら翠の嫌そうな顔を見てわざと声をかけたわけだが。


「いえ、私も今行くところでしたから__」


「君はいったい誰だね?翠とどう言った関係だい?」


翠が話を終わらせて立ち上がった所で、五行が楓を睨みながら言葉をぶつけた。


「土方楓と言います。冒険者として、椿さんのバディをしています」


「土方?逆賊の家系か?冒険者と言う下賎な仕事をするにはぴったりな名前だな。翠、こんな奴と付き合うのはやめろ。

冒険者も、する必要はない」


楓はバディと言う言葉に力を入れて言ったのだが五行にはどこ吹く風。

挙げ句の果てに翠に命令迄しだしたのである。


「土御門さん、私は土方くんを信頼できるバディだと思っていますし、冒険者を辞める気もありません。父にも認めてもらっていますしね。

それに、貴方にそんな事言われる筋合いはありません」


「なにを、女の癖に、俺の言う事を黙って聞いていればいいんだ」


五行が逆上して翠に向かって手を伸ばした。

しかしその手は横から伸びてきた楓の手に手首を掴まれて翠に届く事は無かった。


「貴様、はなせ!」


「女性に手をあげるのは最低だと思いますよ」


楓の言葉に五行は楓を睨む。


「さっきの発言は私もどうかと思いますわよ。翠さんと貴方の関係はまだ友人程度の物なのですし、女性蔑視の発言は私も見過ごせません」


今まで成り行きを見守っていた万里鈴が五行に苦言を発した。


それを聞いて分が悪いと感じたのか五行は大きな舌打ちをすると掴まれた腕を振り払いズカズカと擬音が聞こえる様な歩き方で去って行った。

ちなみに、腕を振り払えたのは楓が掴んだ手に力を入れていなかった為である。


「あの人も困った人ですわね。ごめんなさいね翠さん。私はこんな事をする為に来たわけではないのだけれど。

土方さんにも言える事なのだけれど、やはり、冒険者と言う職業は考えるべきだと思いますわ。せっかくいい大学に通っているのですし、家格や自分の価値を落とす必要はないと思うのです」


万里鈴は腕を組んだ片手を頬に当てて仕方ないわね。といった感じで話す。


「日野さん、私もつい最近までそう思っていました。周りからの評判で物事を考えて。

しかし、きちんと冒険者と言う職業に目を向けて調べればこれからの時代、将来冒険者以外の職に着くにしても必要だと感じたのです。

日野さんも、周りの意見にと囚われずに視野を広げてみる事をおすすめするわ。

行きましょう、土方くん」


「う、うん」


万里鈴にニコリと笑いながらそう言って翠は教室を出ていく。

楓も、万里鈴に礼をして翠を追いかけた。


1人教室に残った万里鈴は頬に手を当てたまま翠の言葉について考えていた。



___________________________________________



「クソ、くそ、くそ!」


家に帰って来た五行は癇癪を起こして部屋を散らかしていた。


「あいつら、土御門に楯突いた事後悔させてやる」


家の使用人も、とばっちりを受けない様に見て見ぬ振りだ。


「五行、何かあったのか?」


この状態の五行に声をかけられるのは父の晴留はるとめだけである。


「パパ、大学で翠に話しかけたのだが馬鹿にされたんだ!しかも下賎な輩まで俺に指図しやがって!」


「そうか。椿の家は経済で成長してから調子に乗っておるからなあ。うちの申し入れも断りよったし」


「わざわざ下賤に落ちるのを忠告してやったと言うのに。

…そうだ。立場を分からせてやれば良いのだ」


「五行よ、あまり無茶をするなよ」


晴留の言葉が、五行に届いたかどうかは、定かでは無い。



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