60話底?

ギルドマスター室へと入室した俺は、執務席に座るギルドマスターとソファに座る美代の前に直立不動で立った。


「相澤君、東京からこっちに飛ばされて来た君だけどね。大人しくしていればいいのにまさか、今事をしでかしてくれるとはね」


美代がチクったのだろうが、不倫したとは言え、それは美代も同罪だ。俺だけ責めるのはお門違いだ。俺に声をかけて来たのは美代からなのだし、初めに食事に誘ったのも美代からだ。

世間体を気にするのなら大事にはしないはずだ。俺を責めれば離婚という選択肢も出てくるはずだからだ。


「私は嫉妬深くてね、妻の行動には注意を払っているのだよ」


ギルドマスターが机の上にスッと録音端末を取り出した。


『「美代さん、いいじゃないか。俺はもう妻を忘れるよ。君も、君を大事にしない旦那なんて忘れて、ね」

「ダメよ、それでも私はあの人の妻だわ」

「そんなこと言って、抵抗しないじゃないか。全て俺に任せて…」

「あ…ダメ…」』


録音端末から流れて来たのはあの日ホテルへ行った時の内容だった。

シワのついたワイシャツが湿ってきているのを感じる。


「妻は引っ込み思案で押しに弱い。君に無理矢理ホテルに連れ込まれたと泣きついて来たよ。

私は別に妻を束縛したいわけではないから友人と食事に行く位は構わない。

しかし相澤君、人の妻に限らずともこういう事をするのは犯罪だよ?」


「ちょっと待ってください。あれは、同意の上だったはずだ。確かに不倫だったかもしれないが、それは美代さんも同罪で___」


「人の妻を名前で呼ばないでもらえるかな。

妻は友達だと思っていたのに無理矢理ホテルに連れ込まれたと言っているよ。この録音を聞く限りも君が嫌がる妻に手を出したのだと分かる。妻はそのせいで心を病んでいてね、私達は君を訴えようと思っているのだが、しかし、余り大事になるのは世間体的にもよろしくない」


湿ったシャツが背中に張り付き、気持ち悪い。

この人は何を言っているのだろうか?訴える?


「あの、どういう事でしょうか?」


「分からないかね?

それ相応の事をしてくれれば、示談で済まそうと言っているのだよ。君も犯罪者になりたくは無いだろう?」


「そんな、脅しじゃないですか」


「いやいや、私の優しさだよ。君を訴えれば話はつくだろうが妻が君に強姦されたのは広まってしまうだろうからね。示談で済めばこれ以上妻の心を傷つけなくて済む

君も犯罪者にならなくて済むんだ。安い物だろう?」


「…分かりました」


俺に、選択の余地なんてないのだ。

さっきの録音を覆せる証拠など、俺は一つも持っていないし、ただでさえ、こう言った案件は女性の言葉が有利になるのだから。

冤罪だとしても、美代の本性を見抜けなかった俺の負けなのだ。


示談金として提示された額は目を覆いたくなる様な額だった。

香織に浪費されて貯金の無い俺は借金して無理矢理にでも作るしか無い。


「それとね、相澤君、穏便に済んだとはいえこんな事をしでかしたんだ。まさかとは思うが、まだ、私の部下としてここで働こうだなんて思っていないよね?」


退室する時にそんな事を言われた。

俺は、全てを失ってしまったのだ。


後日、退職届を出す前に、公務員と言う肩書があるうちに示談金を払う為の金を借りた。

その後、職もなく、借金だけが残る俺は、愛知に居る理由もなく、実家へと帰った。


心配してくれた両親に、今までの愚痴を漏らした。


香織は見てくれだけの女で、結婚生活が上手くいっていなかったこと。その後、馬鹿をして、顔に大きな傷を作り、良いところのなくなった香織と離婚した事。

その時、優しくしてくれた女性と再スタートを切ろうとしたが、その女はどうしようも無い悪女で、旦那が出て来て示談の為に借金を負った事。

そして、職を無くした事。

頼りになるものが無くなって、実家へと帰って来た事。


やはり、最後に頼りになるのは血縁のある家族だけだと思った。


しかし、それを聞いた両親は、俺が悪いと俺を怒った。育て方を間違えたと母は泣いていた。


俺は、それは違う。悪いのは香織であり、美代とギルドマスターと弁明したが、両親は呆れた顔をして、俺を家から追い出した。


自分のやった事を理解して、反省しろと言って、俺は、勘当された。


頼りにしていた家族さえも失って、俺は、どん底だと思っていた場所がまだ底では無かった事を知った。














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