38話思い違いの結末
前話最後の応接室を商談室に変更しております
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商談室へ通された織田は紅茶を出してもらい、支店長の眞弓と談笑しながら春風黎人を待っていた。
昔、黎人に助けられた出来事や黎人の武勇伝を語って聞かせ、その物語にも似た話を眞弓は楽しそうに聞いていた。
ふと時計を見るともう1時間ほど時間は過ぎている。
楽しい話をしていると時間は直ぐに立ってしまうものだ。
しかし、連絡をして来なかった自分も悪いのだが黎人が来るのが遅いと感じていた。
サプライズは諦めて何時くらいに来るのか、そもそも来ないのかを確認の為に連絡する事にした。
織田が電話を切ると、事態は一変した。
先程まで楽しそうに待ち人の話をしていた織田は怒りを露わにし、その話を聞いた眞弓支店長は卒倒しそうになった。
午前中にここOrichalcum名古屋支店に来店した待ち人である春風黎人は、店員に門前払いを受けてこの店での買い物を諦め、新幹線で東京の《Orichalcum》へ向かっている最中だと言うのだ。
この店は最高級品を扱っている為、値段は高いが、安全の為を思えばこそ身分に関係なくご来店いただける店だ。創設からずっとそうあらなければならない。
しかし、今回何の間違いか、門前払いをするなどと言う最悪の事案が発生してしまった。
眞弓は深く頭を下げ、織田に直ぐに問題の店員を探し出し、ここに連れてくる事を約束して部屋を後にした。
この日の出勤人数は5人。
そんな頻繁にお客様が来る様な店では無い事もあり、今ご来店中のお客様は居なかった為全員を呼び集めた。
「急に呼び出して申し訳ないね。
呼び出した理由としては今日、織田様がご来店される迄に接客に当たったスタッフは何人いるかね?」
眞弓の質問におずおずと2人のスタッフが手を挙げた。
「ふむ。2人はどんなお客様だったか教えてくれるかな?」
挙手した2人はどの様なお客様だったのか、どの様に対応したのかを説明した。
眞弓が聞いた所、その2人には何も問題はなかった。ご来店下さったお客様にとても丁寧に対応したのが聞いて分かる。
「あの…」
そこに1人のスタッフが手を挙げた。
今年入った新人だ。
「その、受付から見えましたが、井上先輩も接客されたかと…」
その言葉に眞弓は井上の方に顔を向けて聞いた。
「それは本当かね?井上君」
「いえ、あの方はこの店にそぐわない方だった為お帰り願いました。なのでお客様ではありません!」
真面目な顔でそう言った井上の言葉にここに居た全員がギョッとした。
「な、なんて事を…」
そう新人が漏らすくらいだ。
「井上、お前は俺とこっちへ来い!
残りの者は業務に戻る様に!」
井上が眞弓に連れて行かれた後も、業務に戻りながらも次のご来店があるまでは井上の問題行動についてヒソヒソと囁かれた_____
対して連れて行かれた井上はと言うと、何故支店長眞弓が怒っているのかを理解していなかった。自分はこの店の為にした事なのに何が悪いのかと。
商談室へと連れられてきた井上は、そこに座る織田が何時もの優しそうな雰囲気では無く、近寄りがたい怒気を発していた事でやっと、直立不動で冷や汗を流した。
「織田様、この者が春風様の対応をしたスタッフでございます。こちらの不手際を恥ずかしく思うと共に織田様、春風様に誠心誠意のお詫びを務めさせていただきます」
そう言って腰を折る眞弓に対して自分の立場が分かっていないのか井上は眞弓の姿を見て呆けている
「いや、その前に、いったいどうしてこの様な事になっているのか。説明をお願いしたい。
僕はこの店の品質、接客共に信頼して仲間や後輩達に命を大切にするならいずれはこの店の物を使うべきだと言ってきた。
しかし、今回の対応を聞いてこれからは考えを改めるべきではないか。とまで思っている」
「…はい。それはごもっともでございます。
今回の不手際は
「いや、支店長はいい。僕が聞きたいのは君が何故その様な対応を取ったのかだ。
君、今朝ここに来た人を何故、門前払いなどしたのかね?
ここは犯罪者でさえなければ誰にでも門を開く店のはずだが?」
織田の質問に井上はやっと自分の失敗を悟った。そして、弁明の為に話しだした。
「お、織田様の知り合いとは知らず、申し訳ございませんでした!」
深く直角に腰を折る井上の姿に織田はピクリと眉を動かした。
眞弓もヒクリと口角が動くが話しだした井上の
「織田様の知り合いとおっしゃっていただけてれば門前払いなど致しませんでした。
しかし、冒険者免許も持たない素人がうちのような高級店で武具をお求めになるのもおかしいかと思います。私があの様な対応をとった事、仕方がなかったと許していただければ幸いです」
井上の
それと共に、眞弓さえも井上に対してこの上ない怒りを感じていた。
そして、失礼かと思いながらも、我慢できずに眞弓は井上に対して話しだした。
「井上!まずはこの店の理念も理解できていないのか?この店は犯罪者でさえなければお客様を選ばない。
確かに扱っている物は世界で見てもトップクラスに高品質の為に値段は超高額だが、たとえ冒険者未満のGクラスダンジョンへ潜られるお客様であっても安全をお求めになるのに上限などない!
お金が足りなくこの店の商品に手が届かなくとも、目標にして頂くことや、安全性の大切さをお伝えする事はできる。それを疎かにして将来をダメにしてしまう冒険者の為に私達にもできる事はたくさんある!
お前がとった行動はとても冒険者に関わる職業として許容できる物では無い!」
「そ、そんな大袈裟な___」
「大袈裟なものか!今尚その様な認識なのではとても内で働いてもらう訳には行かない!
クビだ。諸々の書類などは後日に郵送する。
荷物をまとめて出て行きなさい」
「そんな横暴な…」
井上が反論しようとするが、それは織田が許さなかった。
「君の様な人が働いている場所では僕達冒険者は利用したいと思わない。
私個人としても、今の君の様な人間が売っている物を使いたいと思わないし、仲間に勧めたいとも思わない。
この店は冒険者のみならず、ダンジョンに挑む人々が利用する店だ。その人間の信用を無くした君に、もう居場所はないだろう。
もし、やり直す事ができるとしたら、心を改め、人一倍努力して、また一からここの面接を受ける事だ。
もし、心が入れ替わったと支店長が認めた時には私は君の商談を受けよう」
井上は織田の圧に反論などできようはずもなかった。
________その日の晩、愛知まで帰って来た黎人を織田は出迎えた。
支店長の眞弓も一緒に出迎え、開口一番謝罪をした。
とうの黎人は犬に噛まれた程度にも気にしておらず、次から利用できるならと謝罪を受け入れた。
その後は織田の提案で食事をする事になった。
織田の行きつけの名古屋飯で舌鼓をうった。
美味い飯が食えるぞと呼ばれた紫音は入ったことがない高級店に緊張しながら織田と眞弓と顔見知りになったのだとか。
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一方、その後の井上はというと。
働いていた経歴から就職に妥協できず、しかしどこからか広まった悪評により再就職に苦しんでいた。
「俺は間違った事はしていない!俺はあの店の品位を守ろうとしたんだ!」
陽も落ちた公園のベンチで街灯に照らされながら酒を飲み、近所迷惑も考えずに叫んでいた。
「いやあ、荒れてますねえ」
酒がなくなり缶を振る井上に声をかけた人物に、酔った井上は「あん?」と怒声を浴びせたが、振り向いた所にいた黒服の男の威圧感に言葉は続かなかった。
その後、井上を見たものはいない。
「今回のモルモットはこれでいいでしょう」
その言葉は夜風に掻き消された
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