第34話 《冒険者》火蓮

黎人が火蓮の頭をガシガシと撫でていると、声をかけられて。


「おう、来たか!」


「あ、板野さん」


元黄昏の茶会サブリーダー板野奈緒美。

清楚でラフな格好の彼女のは右手を挙げて挨拶をすると2人に近づいてきた。


「もう1人って板野さんの事だったんですね」


「黎人君、まさか何も説明していない訳じゃありませんよね?」


奈緒美の笑顔が怖い。来てからでもいいだろうと思っていたが、コイツには不満みたいだ。

いつも効率を求めやがるのがたまにきずなんだよな。


「今から説明しようと思ってたんだよ。トラブルもあったしさ」


「まあいいです。それじゃ、説明をお願いします」


そもそもなぜ免許交付に東京にあるギルドの中からこの東京第2ギルドを選んだのか。

それはここに奈緒美が居たからだ。

奈緒美は黄昏の茶会の解散後にここ第2ギルドで後輩の育成に励んでいる。

元々奈緒美は黄昏の茶会にいた頃から後輩に慕われて下部クランなどの後輩に世話を焼いていたのだが、解散を機に駆け出しの冒険者の塾みたいな事をしている。

勿論、人の素行はチェックして厳選しているみたいだし、奈緒美はモデルの様に整った顔をしているから男を取ると収集が付かなくなるらしく、女性限定で募集しているらしい。


これから火蓮は冒険者になる。

だからダンジョンに潜る際、俺がついていってやる事は出来ない。

そもそもなぜGクラスダンジョン以外のダンジョンは冒険者免許が必要になるのか。

それはGクラスに出てきた様な動物ではなく、正真正銘の魔物が出現するからである。

その為、死亡率が上がるし、そんな化け物と戦っている冒険者を一般人の恐怖の対象にしない様にと言う意図もある。

そもそも世界混沌戦争を経験した人の中には生身で兵器と戦った賢き者達と冒険者を同一視して冒険者の事を化け物と怖がる人も居たと聞いた事がある。

人有らざる力は恐怖の対象ともなり得るのである。

それはさておき火蓮だ。今までソロで頑張らせてきたがここからは無茶をすれば死亡率はグンと上がる。

これからは俺が指導できないかわりに、信頼のおける奈緒美に託そうと思ったからだ。

奈緒美は指導慣れしているし、パーティの采配もうまかった。

安心して任せられる。


「まあ、ここで立ち話もなんだし飯でも食いながら話すか」


先程のいざこざの緊張が解けて腹が空いたのか火蓮は「早くいきましょうよ!」と足早に出口に向かう。

ゆっくり歩いて行く俺の隣を歩く奈緒美が話しかけて来た。


「さっきの、わざとでしょ?」


「なんだ、見てたのか」


黎人は歩きながら奈緒美の質問に答えた。


「そりゃ、私、時間に細かいので。遅れてきたりしませんよ」


「あいつ、冒険者免許をとって1人になるのを寂しく思ってるみたいだからな。

もともと冒険者になるまで指導してやると言ったがそこで繋がりが切れるわけじゃないのにさ」


「親に捨てられてすぐだったんでしょ?不安に思うのも仕方ないわ。でも、借金の繋がりなんて私はごめんですけど、返せとは言わないんでしょ?」


「当たり前だな。あいつの場合、律儀に返しそうな気もするけどその時は返済を貯めておいてあいつが一端の冒険者になった時に武器でも買ってやるさ」


「そんなの2千万やそこらじゃ足りないでしょうに。ほんと、過保護なお師匠様ですね」


「いいんだよ。俺の一番弟子だぞ?」


「…そのセリフを貴方が言う様になるなんてね。マリアさんが聞いたら驚くわよ?」


「ほっとけ。ほら、火蓮が待ってる、行くぞ」


そして移動した奈緒美の行きつけのカフェで火蓮に冒険者になってから奈緒美に指導を任せてある事を伝えた。



そして帰り道、カレンの方から話しかけてきた。


「やっぱり師匠は冒険者には戻らないんですね」


「そうだな。これから色々と旅行に行こうと思ってる。まずは日本制覇なんてのもいいな。

なんだ?心配するな、行方不明になる訳じゃない。お前がピンチの時にはすぐに帰ってきてやるさ」


「それは…分かってますけど」


「それと、火蓮は独り立ちする訳だからな。

俺の持ってる第2ギルドの近くのマンションの部屋を住める様にしておいた。

安心しろ。一人暮らしには申し分ないひろさだ。

勿論家賃はいらない」


「…はい」


「それとな、お前が持ってる家の鍵あっただろ?」


「…はい」


「あれな。ずっと持ってろ。んで、俺がいない間の管理を頼むな」


「え?」


「放置するだけだと物が痛むしな。火蓮がこのまま住んでもいいが広すぎて一人暮らしだと寂しくかんじるぞ?

それに、俺の家だからな男を連れ込めない」


「しませんよ!そんな事!」


火蓮が膨れっ面で言い返す。


「その顔の方が100倍マシだな。沈んだ顔よりよっぽどいい。

これから冒険者の友達も増えるかも知れない。そんな時に、集まれる家があってもいい。どちらにメインで住むかは火蓮にまかせるさ」


「し、しょうがないですね、ちゃんと綺麗に掃除しておいてあげますよ!」


火蓮の笑顔が明るく花咲いた。


「なんだ?放り出されると思ってたのか?そんななら初めからお前の面倒を見る訳ないだろう?」


「そ、そんな事思ってませんよ!別に!思ってなんて!」


「しかし今日からお前も冒険者か。思ったより早かった。優秀な一番弟子を持って俺は嬉しいぞ?」


「まだまだです!返さないといけない借金もありますし、師匠が驚く冒険者になってやりますからね!」


「楽しみにしてるよ。

それとな、これはお前が冒険者になったお祝いだ」


「な、師匠、これ…」


祝いに贈ったのは火蓮が眺めていたブランド《twilight.M》のネックレスだ。


「おまえ、これ欲しかっただろ?」


「師匠、私が見てたのは《twilight.M》じゃなくて《twilight.M.Azureトワイライト・マリア・アズール》のほうですよ!」


「え、なんか違ったのか?」


「値段が違いますよ!これ、バカ高いでしょ?アズールの方は高くても15万くらいなんですから!」


《twilight.M》の下位ブランド《twilight.M.Azure》は一般向けハイブランドだ。


《twilight.M》は安くても500万はするが《twilight.M.Azure》は10万から15万と頑張れば一般人でも手が届く。


ちなみに、今回火蓮に贈られたネックレスは黎人が弟子に贈るのために、マリアに相談した物だ。

火蓮がマリアの店の商品を羨ましそうに見てたからマリアの店の商品が欲しいと相談した事からマリアが気合いを入れて作った一点物だ。

マリアの願望からナンバリングも01と入っており、マニアが見れば価値は天井知らずの一品だろう。


「ま、まあ価値が高い分にはいいだろう?

これを売れば一気に借金が払えるぞ?」


悪戯な笑顔でそう話す黎人に火蓮は慌てて返事をする。


「どんだけ高いんですか、これ。…そんな事しませんから。大切にします。宝物に。

…あ、ありがとうございましゅ」


「おいおい、なんで泣いてんだよ?」


火蓮の顔は泣き笑いでくしゃくしゃになっていた。


「うっさいですぅ!」


「なんだよ、そりゃ。まあいいけどな」


黎人は火蓮の頭をいつもの様にガシガシと撫でる。


「後はあれだな。明日は役所に行って色々と手続きしないとな。

火蓮が独り立ちするには必要な手続きは沢山ある」


こうして火蓮は奈緒美の初指導の日まで慌ただしく過ぎて行くことになる。




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Fクラスダンジョン《カルバネの洞窟》


カルバネの牡牛と言うこのダンジョンのボスに1人で立ち向かう冒険者の少女の姿があった。

彼女は師匠に言われた事を守り、同期生と臨時パーティを組むこともあるが、基本はステータスマージンを取って安全にソロで攻略していた。

これもまた、師匠の教えである。


今では格下となったこのダンジョンのボスに向かって剣を構え駆け出す少女の首元には特別な首飾りが煌めいていた。




                第一章完

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あとがき


また少しずつ続きを書いていきますのでよろしくお願いします!

書籍版一巻二巻も発売中! いい物に仕上がってますので是非買ってください!

お友達にも進めてくれたらすごく嬉しいです!


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