14:二人の魔女の語らい
(《始まりの魔女》の転生体……正直、ピンとこないわ。ベルウェザーは自分の意思で自由に天気を操ってたらしいけれど、わたしの場合は激しい感情を抱くと天気が勝手に変わるのよね。これを果たして『操作』と言っていいものなのかしら?)
どうにも寝付けず、ルーシェは夜に一人、伯爵邸の庭園を歩いていた。
計算されつくした伯爵邸の広大で美しい庭は、ただの庭ではなく庭園と表現するのが正しい。
色鮮やかな魚が泳ぐ池に東屋、温室や薔薇園まであるのだから恐れ入った。
やがてルーシェはドーム型の東屋の前で足を止めた。
三段の階段を上って東屋に入り、洒落た形の椅子に座る。
「こんばんは」
思索にふけっていると、急に声をかけられた。
びくっと肩を震わせて左手を見れば、青い部屋着を着たセラがいた。
「こんばんは、セラ……わたしと二人きりで話しても良いの?」
というのも、彼女の婚約者であるリュオンはルーシェを警戒し、セラを極力自分に近づけたがらなかったからだ。
リュオンの心配はわかる。
ルーシェはエルダーク最強の魔女。
セラの『魔力増幅』の力を手に入れることができれば怖いものなし、世界征服だって夢ではない。
もっとも、ルーシェに世界征服する気はこれっぽっちもないし、セラに危害を加えるつもりもない。むしろ同じ《始まりの魔女》の転生体同士、できれば友達になれたら良いな――などと思っていたりする。
「もちろんよ。リュオンのことは気にしないで、彼は少々過保護なの。大切にしてもらえるのは嬉しいし、ありがたいけど、たまに度が過ぎて困るのよ……彼の右目、見たでしょう?」
「ええ」
リュオンはセラにちょっかいを出した世界最強の魔女ドロシーを倒そうとし、禁止魔法を使って自分の魔力を無理やり増大させた。
その代償として彼の右目の《魔力環》は赤く染まった。
魔法を使えば命に関わる危険な状態だ。
「愛されてるのね、セラは」
「……そうね」
セラは複雑な表情で笑った。
自分のために命までかけられそうになっては、素直に喜べないのだろう。
「ああ、どうぞ、座ってちょうだい」
ルーシェは立ち上がってセラに向かいの椅子を勧めた。
(――って、今日来たばかりで、館の主人でもないわたしが椅子を勧めるのもおかしな話よね。立場としては伯爵の養女であるセラのほうが上なのに。わたしはセラを主人として敬い、礼を尽くすべきだったのでは?)
「ありがとう」
初っ端から対応を間違えたと冷や汗を掻いたが、別段気を悪くした様子もなく、セラは向かいの椅子に座った。
「あの。いまさらだけれど、わたし、セラに敬語を使うべきよね?」
「え?」
セラはきょとんとしている。
「ジオにつられてしまってつい、大魔導師リュオン様や伯爵子息であるユリウス様やノエル様にも対等な口を利いてしまったけれど、冷静になって考えればとんでもない無礼を働いてしまったわ。ごめんなさい――いえ、申し訳ございません、セラ様。改めます」
「いいえ、そんな、頭を下げる必要はないわ、ルーシェ。どうかそのままでいて。 私たち、同い年でしょう? 仲良くなれたら嬉しいなって思ってたのよ」
「……セラが良いなら、こちらこそ。実は、わたしもセラと友達になりたいって思ってたのよ」
「本当に? 嬉しいわ、是非友達になりましょう」
顔を上げて微笑むと、セラは花のような可憐な笑顔を浮かべた。
(可愛い……)
同性にも関わらず、胸がきゅんとした。
「リュオンに《始まりの魔女》の話を聞いたときは驚いたでしょう? 《始まりの魔女》という単語自体、どんな文献にも載っていないものね」
セラは笑顔を控えめにして切り出した。
「ええ、驚いたわ。でも、確かにわたしには感情によって天気を変える力があるの。昔はうまく感情が制御できなくて、孤児院のみんな――いいえ、孤児院どころか、王都に暮らす人たち全員に迷惑をかけてしまったわ。天気を変える度に、わたしは孤児院の先生に『お仕置き部屋』に閉じ込められたのよ。あ、実際にお仕置きされるわけじゃないのよ? ただ狭い部屋に閉じ込められただけよ、安心して」
セラの顔が曇ったので、ルーシェは急いで言葉を付け足した。
「でも、狭い部屋に閉じ込められるなんて……怖かったでしょう?」
「……ええ。でもね、閉じ込められる度にジオが励ましてくれたの。摘んだ花をくれたり、果物やお菓子をくれたり。他の子には嫌われたし、天気を変える怪物とか言われたりもしたけど……彼がいつも気遣ってくれたから、どんなに辛くても平気だったわ」
知らず、微笑みが口元に浮かぶ。
「……。ジオはルーシェの婚約者なの?」
「はあっ!? まさか! 婚約者どころか恋人ですらないわよ!! あああああいつが恋人とか――うんっ、ない! ないわっ!!」
顔を真っ赤にして否定すると、セラは目を瞬いた。
(あっ。『あいつ』とか言っちゃった)
慌てるあまり、つい素が出てしまった。
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