15:トラウマなんです

「……ルーシェの素はそっちなの?」

 セラは面白がるように笑った。

 血が団体で顔に上るのを感じながら両手を振る。


「いやっ、違うの! 公爵邸ではビシバシ鞭で叩かれたし、どこに出しても恥ずかしくない立派な淑女のふりもできるのよ! エルダークでは《人形姫》なんて呼ばれてたの、優雅で上品で素晴らしい《国守りの魔女》様だって褒め称えられてたの、本当に! わたしの口が悪くなってしまったのはジオのせいなの! 自分で言うのもなんだけど、わたしはすっごくおとなしくて先生に褒められるほど良い子だったのよ!? それが、八歳のときに孤児院に入ってきたジオの影響を受けていつの間にかこんなことに!!」


 頭を抱えると、セラは堪えきれなくなったようにくすくす笑った。


「いいえ、いまのあなたのほうがとっても魅力的だわ。是非そのままでいてちょうだい」

「み、魅力的? いやどう考えても下品だし、はしたないでしょ。わたしはしょせん付け焼刃の『なんちゃって公爵令嬢』だったから、セラみたいな本物の伯爵令嬢の前では気後れしちゃうわ。中身はもう変えようがないけど、せめて上辺だけでも取り繕わないと恥ずかしくて居たたまれない……」

 テーブルに両腕を置き、上体を倒して突っ伏す。


「そんなこと言わないで。私と二人きりのときは素のあなたでいて、お願い」

 肩を叩かれて、ルーシェは顔を上げた。


「ねえ、ルーシェの話をもっと聞かせて。私はルーシェのことが知りたいわ」

「話と言われても、バートラム様たちの前でお話ししたことが全てよ。これ以上話すことなんて何も……」

「なら、ジオにまつわるお話を聞かせて?」


「ジオの話? だったらたくさんあるわ。そうそう、この前ジオと一緒に流星群を見たんだけど、あいつったら五分で熟睡して――」

 身振り手振りを交えてルーシェは語り出す。


 活き活きとジオのことを語るルーシェを見て、大方の事情を悟ったセラは内心笑っていたのだが、もちろんルーシェが気づくことはなかった。





 五日後の朝、天気は曇り。


 太陽の光が分厚い雲に遮られているせいで、いつもより薄暗く感じる別館のサロンにルーシェはいた。


「どうかな?」


 少々照れながら纏うのは、上等な濃紺の生地に銀の刺繍が施されたローブ。

 ラスファルの守護者たる特別な魔女だけが着用を許されたローブだ。


 ルーシェの隣には同じローブを纏ったリュオンがいる。

 彼と並んで立つと完全にお揃い。《ラスファルの魔女》コンビ結成である。


「うん。よく似合ってると思うよ」

「新しい《ラスファルの魔女》の誕生だな」


 ノエルとユリウスが口々に言う。

 一番反応が気になっていた人物に目を向けると、ジオは腰に手を当てて言った。


「まーいいんじゃねーの?」

「……それは誉め言葉なの?」

 ルーシェは不満げな眼差しでジオを見つめた。


「はいはい、可愛い可愛い。ルーシェは美人だから何を着ても似合うし可愛いよー」

「嘘臭い! 棒読み!!」

 犬でも撫でるような手つきで無造作に頭を撫でられて、ルーシェはぺしっと彼の手を叩いた。


 ルーシェたちのやり取りを見てユリウスたちは苦笑している。


 セラ以外の人の前では淑女として上品に振る舞っていたルーシェだが、三日ほど前に化けの皮は剝がされた。もちろんジオの仕業である。


 当時は『終わった……』と思ったが、意外にも好評だったため、いまは開き直って素で過ごしている。


「あの……」

 いつものお仕着せを着たセラは何故か一人、不安そうな顔。


「私もとても良く似合っていると思うのだけれど。リュオンとお揃いのローブを着ていると、まるで恋人同士みたいに見えるわね……」


 ルーシェは思わずリュオンと顔を見合わせた。


 他人の魔力を跳ね上げ、街の結界維持に貢献しているセラは陰の功労者なのだが、表立って《ラスファルの魔女》を名乗ることはできない。


 セラのとんでもない魔法が露見すれば、この街にはセラを求める不埒な輩が殺到することだろう。それこそ戦争になる。


「リュオンが魔法を使えるようになったら、二人はラスファルの魔女として一緒に活動するのよね。絆を深めていくうちに、そのうち本物の恋人同士になったりして……」

 セラは悲しそうに俯いた。


「いやいやいや!! 何の心配してるのセラ、どんな妄想!? お揃いなのは見た目だけだから!! リュオンの心は丸ごと全部セラのものだから不安になることないって!!」

 長い銀髪を振り回すように激しく首を振る。ついでに両手も。


「ルーシェの言う通りだ。おれの恋人はセラ以外にありえない」

 リュオンはセラの前に立ち、彼女の両手を掴んで真摯にその銀色の瞳を見つめた。


「どうしても不安だというなら、セラもこのローブを着ておれの隣に立てばいい」

「でも、そんなことをしたら私の力がバレてしまうかも……」

「構わない。セラが狙われるようなことがあっても、おれが守るよ。必ず。どんな手を使ってでも――」


「きゃーーーー!!!」


 リュオンがその台詞を言った途端、セラは盛大な悲鳴を上げた。

 突然の絶叫にリュオンが目を丸くしている。


「止めて!! もう本当に、絶対に止めて!! 私のことなんて守らなくていいから!! 私が悪かったわ、ルーシェがお揃いのローブを着ていても二度と嫉妬したりしない!! 約束するから私の前から居なくならないでお願い!!」


「え? 何だ、どうしたんだ? 居なくなる? 何の話?」

 錯乱して抱きつくセラの頭を撫でながら、リュオンは困惑顔。


「お前がその台詞を言った直後に自殺しようとしたものだから、トラウマになってるんだよ。気づけ」


 ユリウスが呆れ顔で言った。


「あー……いや、あれは魔力を底上げしようとしただけであって、自殺しようとしたわけじゃないんだが……」

「自殺と同義だろうが。お前が泣かせたんだ、責任もって宥めて来い」

 ユリウスは冷たく言って、部屋の扉を指さした。


「……行ってくる」

 リュオンは泣きじゃくる婚約者の腰を抱いてサロンから出て行った。


「……愛が重すぎるっていうのも問題だよね」

 扉が閉まった後で、ぽつりとノエルが言った。

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