03:ジオとの再会

「よしわかった、殺してくる」


 翌日、午後八時過ぎ。

 学校の制服を売り払い、緑のワンピースを着たルーシェから一部始終を聞くなり、ジオはくるりと背を向けて歩き出した。


「ちょっと待って!? 何を言い出すの!?」

 ルーシェは慌てて彼の腕を掴んで引き止めた。


 ここはジオが兵士として勤めている王城の前の広場。

 王城前広場は市民にとっての憩いの場であり、夜でも人が多い。


 ベンチには若い恋人たちや家族が仲良く座っているし、家路を急ぐ通行人もいれば、のんびりと犬の散歩をしている人もいる。


 ルーシェたちは広場の隅で夜風に吹かれながら立ち話をしていた。

 周囲の人間とはかなりの距離があるが、それでも誰かが聞いていないとは限らない。


「心配しなくても大丈夫だって、誰がやったかわからないように暗殺するから。捕まるようなヘマはしねーよ。ついでに公爵家の連中も全員ぶん殴ってくる」


「真顔で怖い冗談言わないでったら!!」

「いや冗談じゃねーよ殺す」

「ああああ!! とりあえずこっち、こっちに来て!!」

 ルーシェは彼の手を引っ張り、人気のない区画へと向かった。


 歩道を外れて雑木林の中へ入り込み、視界内に誰もいないのを確認して足を止める。


「わたしのために怒ってくれるのは嬉しいけれど、殺すなんて言わないで。お願いよ」


 彼と向き直って懇願するが、ジオは不機嫌さを隠そうともしない。


「馬鹿王子も公爵家も許せるか。公爵家の養女になれば幸せになれると思ったから、オレはルーシェを送り出したんだぞ。それが何? この五年間、《国守りの魔女》として働いた分の金は全部奪い取られて? 《国守りの魔女》の称号を失って稼げなくなったお前に価値はない、養子縁組も解消したから家に近づくな? こんなふざけた話があって堪るか。これじゃルーシェは搾取されただけじゃねーか」


 緋色の髪に、印象的な金色の瞳。凛とした顔立ち。

 その長身に纏うのは国軍の紺碧の制服だ。


 五年ぶりに会うジオは背も伸びて、すっかり大人の男性へと変わっていた。


 二十分ほど前に再会を果たしたときは、互いにその成長ぶりに驚いて固まってしまった。


 でも、ルーシェのために怒ってくれるのは昔と変わらない。

 外見は大人びても、中身は同じ。優しい彼のままだ。


「ルーシェに手を上げたデルニスは一発殴るだけじゃ気が済まない、最低でも半殺しにする。ルーシェを追い詰めたクソ女にも容赦しない。ルーシェが受けた痛みを思い知らせてやる――」

 激しい怒りの炎が金色の瞳の奥で揺らめいている。


(まさかジオがここまで怒り狂うとは……)

 予想外であり、嬉しくもある。


 魔法学校では世界の全てが敵に回ったような錯覚を覚えたが、ルーシェの味方はここにいた。


「……ありがとう。でも、本当にもういいの。それ以上は何も言わないで。あなたが怒ってくれただけで十分、わたしは満たされたわ」


 ルーシェは微笑んで右手を伸ばし、ジオの口を塞ごうとしたが、ジオはルーシェの右手首を掴んで止めた。


「お前さあ」

 端正な顔をしかめ、ジオはまっすぐにルーシェを見つめた。


「いつまで『良い子ちゃん』でいるつもりなわけ? なんでこれだけの目に遭わされておきながら、泣きも怒りもせずに笑ってるんだよ」


「……だって、感情を乱したら大変なことになってしまうもの。知ってるでしょう?」


 ルーシェには不思議な力がある。

 激しい感情によって天気を変えてしまう力だ。


 ルーシェが泣けば雨が降り、ルーシェが怒れば雷が落ちる。


 昔、ルーシェが感情の制御に失敗して天気を変えると、孤児院の先生は決まってルーシェを『お仕置き部屋』に閉じ込めた。


『お仕置き部屋』といっても実際に折檻されるわけではない。


 一定時間、半地下の部屋に外側から鍵をかけられて閉じ込められるだけだ。


 それでも幼かったルーシェにとって暗く狭い部屋に一人閉じ込められるのは恐怖だったし、嫌だった。


 どうにか耐えられたのはジオのおかげだ。


 ルーシェが閉じ込められる度に、彼は鉄格子のついた窓から花や果物を差し入れ、励ましてくれた。


 それでは罰にならない、私たちはルーシェが憎くてやっているわけではなく、ルーシェを想って、ルーシェのためにやっているのだと先生から叱られても、ジオは先生に真っ向から反発し、ルーシェを気遣うことを止めなかった。


 おかしな力を持って生まれ、孤児院に捨てられたルーシェを怖がらず、異端視せず、ありのまま肯定してくれたのはジオだけ。


 彼には感謝してもしきれない。


「いいじゃねーか、大変なことになっても。人間なんだ、感情のままに泣いて叫んで何が悪いんだよ。平和な夜に、久々に一発、ド派手なのをかましてやれ」

 ジオは人差し指を立てて空を指さした。


 今日の天気は快晴。

 空には美しい月が浮かび、無数の星が瞬いている。


 きっと高台にいる恋人たちは夜空を見上げて「綺麗ね」と微笑み合っていることだろう。


 それをいまから台無しにしろとジオは言っている。


「悔しいんだろ? 悲しいんだろ? 素直に吐き出せよ。死ぬほど不本意ではあるが、いまだけはオレを馬鹿王子だと思えばいい。言いたいこと全部言えよ」


「………デルニス王子……」

 ルーシェの言葉に一切聞く耳を持たず、パトリシアばかりを可愛がり、問答無用で平手打ちした元婚約者の顔が、ふっとジオに重なる。


「そうだ、あの馬鹿王子に言いたいことは? 本当にない? オレが怒ったからそれで満足? ルーシェの怒りはその程度で済むのか? 凄いな、さすがは《人形姫》。心を持たない人形だから理不尽に殴られたって平気、痛みも悲しみもなーんにも感じないんだな」


 馬鹿にしたような笑い方が、ルーシェを見下し切ったデルニスの笑い方と完全に一致した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る