ゆるゆるネットワークのススメ

 サンドラが騒いだ後のラウンジからティールームに移動した。

 この辺はさすが個人主義のアメリカ様と言ったところで、多少騒いだぐらいでは他人の目が集まることもなく、サラッとしたものだ。


 今日はミスター禅から、他州で大麻所持で逮捕されてしまった大学講師のその後を聞く予定だったのだ。


「保釈されたけどカリフォルニア大学に戻るのは難しいらしくてネ……本人はハワイに行って心機一転するそうなんだ」


 どういう幸運が働いたものか、今度はハワイの大学にまた講師として拾われたらしい。

 現地に恩師がいて、本人も引く手数多の量子工学の研究者だからとポストを用意されたと。


「もしカレンが彼を追いかけたいなら、ハワイで住むところぐらいなら紹介できるヨ」


 ハワイ諸島は土地も賃貸価格もべらぼうに高い場所だが、学生向けのルームシェア物件があるそうで、そちらを利用すれば今ロサンゼルスでの滞在費用にプラスアルファぐらいで住むらしい。


「さすがにハワイまでは……無理ですね」


 旅行なら良いが、ただでさえ留学の計画が狂っているのにその原因となった講師を追いかける気はなかった。


「カリフォルニア大学はもうあまり行ってないんだって?」

「週に二回かな。今はスモールビジネスの初級講座に参加してるの」


 初心に戻って、レジンアクセサリーを本格的にビジネス化できないか視野に入れての参加だが、実は最初の数回でもう打ちのめされている。


(スモールビジネスの領分はどんどん大企業にお株を奪われてて、フランチャイズやチェーン店化のビジネスモデルを作るか、芸術家のように商品の価値をひたすら高めていくか、どちらか。……厳しいわ)


 それに日本とアメリカでは大学卒の価値が全然違う。

 カレンのように日本の大学を何となく文系で卒業して、何となく内定を貰った企業の庶務課で働くなんていうのはアメリカだと考えられないという。


 カレンは二十九歳にして漠然と生きてきた己の人生をちょっとだけ後悔した。


 大学の講座でキャリアプランシートが配布されたので、今の年齢から結婚や出産、それに帰国後の再就職や起業など記入してみた。

 すぐに起業は現実的ではない。

 ただ、レジンアクセサリー作りは今後も続けたいから副業として本業の会社で働きながら可能なスモールビジネスのモデルを探して自分のケースに適用できないか考えている。




 この辺りの雑談をホテル自慢のケーキと紅茶を楽しみながらしていたところ、ミスター禅が自分のスマートフォンを持って、指先で突っついた。


「カレン。自分の頭だけで考えると行き詰まる。コミュニティにたくさん参加するといいヨ」

「Facebookだけじゃダメかしら?」

「というか」


 彼自身はビジネスコーディネーターだ。最初に会ったビジネス展示会では役員でもあったが、企業と企業や、企業と個人を繋ぐ仕事が本業である。


「顔見知りや、Facebookでライクいいねを押し合う程度の弱い繋がりでいいんだ。あればあるほどいい」

「こうしてお茶を飲む仲じゃなくて?」

「それでもいいけど、損得なしでいいから緩くネ、ゆるーく」


 彼が言うには、人間が行き詰まるときは孤独に陥ったり、閉塞的な環境や人間関係に囚われたりするときが多いのだそうだ。


「たくさん繋がりリンクを持ってると、どこからか助けがやってくるものだヨ」

「ああ、わかるような気がします。私、日本で仕事をクビになったとき、本当にたくさんの人に助けてもらったもの」




 この話をミスター禅から聞いた時点で、既に留学は二ヶ月が過ぎていた。


 学ぶこと以外に、コミュニティやネットワーク、と意識して何か関われるところがないかと考えてみると、すぐ思いつくものがいくつかある。


 例えばロサンゼルス現地の日本人会だ。

 日本人でロサンゼルスに駐在する会社員や、現地でビジネス活動したり、あるいは移住したりした家族で構成された会だ。この手の日本人会はアメリカ国内では主要都市に必ずある。

 ただカレンの留学は語学学習もメインの一つだったので、ロサンゼルスではできるだけ同じ日本人と馴れ合わずに、現地人たちと英語で話す機会のほうを優先していた。


 これはミスター禅や、語学学校の講師から注意されていたことでもある。

 外国人がアメリカ国内で同郷人と固まって群れるのはどの国の人間でもあるが、日本人は特に顕著だそうで。

 日本人の場合、日本人同士で固まってしまうと身内だけで人間関係を完結してしまいやすい。

 現地のアメリカ人と親しくなるどころか、英会話もまともに覚えないまま過ごすことが少なくないという。


「海外留学経験があれば違うんだけど、カレンみたいにずっと日本で生きてて英語を使う機会のなかった人がアメリカに来ると、同じ日本人を見つけると同郷人とだけ話しがち。皆パターンが同じなんだよネ」


 そこで、まだ英語が未熟なうちは、日本語が堪能なミスター禅がフォローするからと言われて、カレンはできるだけ現地のアメリカ人や他国からの留学生たちとだけ関わっていたわけだ。


「最初は困ることも多かったけど、こんな短期間で日常会話も苦労しなくなったし、大学の講座も何割かは聴き取れてる。ヴィクターたちの言う通りにして良かったわ」


 ここまで来れば、そろそろ現地の日本人と関わっても英会話の学習が停滞することもないだろうと思う。

 調べてみると、カレンと同じ年代の女子会パーティーも参加しやすそうなものが結構あった。


 そちら方面もFacebookなどのSNSを通じて、緩めの人脈を広げていくことにした。



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