高級店かサイゼリヤか

「カレンは大きく成功してセレブになりたいとか、そういう野望ある奴だっけ?」

「贅沢な暮らししたいなあって野望はあるのよ。けど今の生活ランクが身の丈に合ってるかなあって思うのも事実なのよね」


 明日から仕事始めの前日、地元のファミレス、サイゼリヤでリーズナブルなイタリア料理とワインを堪能していたふたりである。


「ほら、例の区民会館のレジンアクセサリーサークル。あそこの主催者の義明君がほんとにお金持ちの社長の息子なわけ。たまに差し入れ持ってきてくれるお友達もね」


 なぜあのイケメンたちがまだ独身なのかカレンにはよくわからない。

 ちなみに義明君には大変な美丈夫の叔父様もいるのだが、やはり独身だという。

 あるとき、食事会後に甥の義明君を真っ赤なフェラーリで迎えにきたその叔父様は全身ヴェルサーチ。しかも白のスーツ。反社会的勢力の方ですか!? とカレンなどビックリしたのだが、単純に似合うから着ているだけらしい。

 あまりにも世界が違いすぎてカレンは狙う気も起きなかった。この人たちとはサークル活動とお友達関係が一番適切な距離感だと思ったものである。


 そもそも、あの区民会館は東銀座にあって、サークルは中央区、もっというなら地元民か地元企業に就職する者しか登録できない。

 東銀座のジモピー(死語。地元民のスラング)たちが集まるサークルだから本物セレブが多いのだ。


「義明君の知り合いのお店、サークル活動の後で連れてってもらったけど本当に素敵だったわ。後から食べログでお店確認して、夜の価格帯やワインのお値段見て叫びそうになっちゃった」


 しかも義明君の顔が利いて、割り勘の金額もとても安かった。


「ああ……接待で連れてってもらった店って後で見ちゃうよな……」


 ああ小市民かな。だって気になるんですもの。


「けど、あの人たち、ふつうにサイゼリヤも行くのよ。そんでこの安ワインをここでしか飲めないよなって美味しそうに飲んでるのよね」

「ああ、確かに。フレッシュワインをワンコインで飲めるのここぐらいだもんな」


 とデカンタでそれぞれ注文した赤ワインと白ワインを見る。

 ワインは熟成度によって味わいや価格も変わるが、フレッシュワインは一番若いワインだ。一般的にワインと聞いて想像する複雑な風味や渋味などはないが、さっぱりしていて飲みやすい。


 カレンもセイジも学生時代はファミレスといえばドリンクバーを注文して何時間も友人たちとおしゃべりや勉強に使っていたものだが、大人の今はサイゼリヤといえばこのフレッシュワインを注文している。

 ドリンクバーは食後にデザートを食べたいとき、コーヒーを飲むときぐらいだ。


「そんなわけで、裕福になってお高いワイン飲めるお店も余裕で行きたいし、でもサイゼさんで安いワイン飲んでウェーイ! な感性も持ってたいわけ」

「それ、今と何が違うの?」


 苦笑したセイジだが、カレンの言いたいことは何となくわかる。


「就職してて定収入があるなら、毎週は無理でもまあまあ良いワインが飲めるよ。食事もね。そりゃ、銀座のランチ3万円の老舗天ぷら屋通いみたいのはキツいかもだけど」

「あはは、無理むり! あたし、ランチに3万使うなら、ひまらや10回通うわー」

「それな!」


 そう、あの小さな小料理屋は酒を飲むと3千円。グラス一杯程度なら2千円だ。

 ジョッキのビールとその日の店主のオヤジさんお薦めの酒の肴セットだと千円ポッキリのこともある。


「普段は自炊。週末はひまらや。平日の夜、ちょっと本読みたいなってときは駅まで出てカフェとか……ワイン一杯とピザ食べたかったらサイゼさんね。そんで月一で都心の話題のレストランにお出かけ」


 まだ独身だから楽しめる外食ライフスタイルという感じだ。

 しかも、おひとりさまプランだ。カレンは就職してからほとんど恋人のいる時期がなかったそうだが、なるほどこの行動パターンなら大して男は必要ない。


「行くときは声かけてよ。女ひとりより男連れのほうが入りやすい店あるだろ?」

「それならバーね。浅草とか有名じゃない?」


 カレンとセイジの地元からは、つくばエクスプレス開通後は電車一本、10分で行ける場所だ。


「あのさ、浅草といえば神谷バー」

「アサヒビールのバーも美味しいって、この前ひまらやで団塊さんたちが言ってたわよね」


 次のデート先が決まった瞬間だった。


 とりあえず明日からまた仕事だ。

 休日ボケが抜けてきた月の真ん中あたりの週末にまた決めることにして、お互いフレッシュワインをあおった。



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