恋人になってからのこと
しばらくはカレンやセイジの周りは穏やかだった。
セイジは実家住まいだったので、家族に挨拶に行って近くのファミレスで食事会をしたりなど、変化があったといえばそのくらいだ。
何せカレンとセイジは同じ地元中学出身で、三年生のときは同じクラスでもあった。
セイジの母親は運動会や授業参観のとき、息子のセイジの視線が向いていたクラスメイトの女子カレンのことを覚えていたそうだ。
「まさか大人になって、お付き合いしちゃうとはねえ〜。よくやったじゃないの、息子!」
とまあセイジは散々に母親から弄られていた。
「それにね、学校行事のときこの子が買ってた写真に写ってた女の子、いつも同じだったもの。ね、セイジ?」
「母さんそれ以上はお口チャックしてくれ、マジで頼むよ……」
セイジはもう耳まで顔を真っ赤にして両手で覆っていた。
家族からはわりとイジられキャラと見た。
そのうち実家にお邪魔して、学生時代の写真アルバムを見に行こうと思ったカレンだ。
中学生の頃の話できっと盛り上がるに違いない。
ちなみにカレンの家族は両親の故郷である沖縄の石垣島にUターンしてしまったので、東京にはいない。
カレンが会社を首になってもすぐには家族を頼れなかった理由である。
「同棲なんかはしないの?」
アルバイト先の弁護士事務所で雑談してカレンたちの話になったとき、所長の奥さんに聞かれた。
「あたしはワンルームですし、セイジ君は実家なんで。今さら新しく部屋を借り直すのもね。でも不動産屋さんの前を通るときは2LDKぐらいの部屋、やっぱり見ちゃいますね」
「あ、呼び方が藤原君からセイジ君に変わってる〜」
「……えへへ」
だって彼女ですから! 特権ですから!
とはいえ、事務所内でのアルバイト中は上司になる彼のことは“藤原さん”だ。
弁護士事務所でのアルバイトは、ひとまず1月末日で終わりということで年末のうちに話がついていた。
実質2ヶ月ほどの短期アルバイトだった。
カレンの雇用保険の受給期間は4月までだったが、既にネット上の求職サイトで再就職のオファーがいくつも来始めていた。
雇用保険が切れるギリギリまでは収入の不安がないわけだから、再就職を先延ばしする考えもある。
けれど、雇用保険切れと再就職の決定のタイミングが合うとも限らないわけで。
「結局、あたしって自分のキャリア形成のことちゃんと考えてこなかったのよね。だって新卒で業界の有名老舗菓子店に就職できちゃってたから」
首にされて終わってしまったが、あの会社は上場企業でこそないものの、日本人ならまず大抵知っている老舗菓子店だ。
ほぼ、どのデパートのデパ地下フロアに支店が入っていて、高級なお持たせのお土産の定番和菓子や洋菓子を販売している。
給料も悪くなかったし、それ以上に会社のネームバリューがすごくて、親戚や友人など誰に言っても自慢できる就職先だった。
勤め先のある場所も東銀座で、銀座まで徒歩10分。退勤後はデパートやお洒落で高級なカフェやレストラン、バーなどに寄って来られるし、街を歩く人たちも観光客混じりとはいえ洗練されている。
「所詮、会社勤めだとバーキンのバッグもエルメスの財布も買えないんだけどね。でもお財布はヴィトンだし、洋服や小物も髪型も流行の最先端よ。そういうとこで優越感を感じてたとこはあったなあ」
などと、恋人の気やすさで、これまでだったら話さなかった本音の部分がつい、セイジの前で漏れてしまった。
自慢と、でもハイクラスのランク感には手が届かない卑屈感がちょっと入り混じっている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます