も、もう無理……!

 その日、カレンが社内で手洗いに行き、女性用トイレから出ると目の前の壁に例の飴田課長がいた。


「ひっ!?」


 課長はじっとりした気味の悪い目つきでカレンを睨んでくる。

 あまりの気持ち悪さに眩暈がしそうだった。


「おい、青山。お前、トイレ内で副業やってたんだろ!」

「もうほんと、いい加減にしてください……」


 幸いだったのは、このとき後からトイレから出てきた社員が同期女性と、総務部の女性課長だったこと。

 彼女たちも、女子トイレ側から出てきたら飴田課長がいて目を白黒させている。

 ましてや、若い女性社員に怒鳴りつけているわけで。


「も、もう無理……」


 あの様子では、他に利用者がいないとき、女子トイレまで入り込んで来かねない。

 そう思い至り、ぞっとした。

 急激に血圧が下がって、本当に頭がクラクラしてきてカレンは思わず壁に手をついた。


 そこに飴田課長が腕を伸ばしてくる。


「いや! 触らないで!」

「何だと? 手を貸してやろうとしただけじゃないか!」

「触らないで! 触らないで!」


 何だ何だと通りかかる社員たちの視線が集まってくる。


「飴田さん、よくわかりませんが落ち着いて。彼女は調子が悪いようです。すこし落ち着かせてから戻らせますから」


 総務部の女性課長が取りなしてくれたことで、飴田課長は舌打ちしながらも庶務課へ戻っていった。


「し、心臓ばくばくいってる……」

「え、大丈夫!?」


 相手の後ろ姿が見えなくなったところで、カレンはその場にへたり込んでしまった。




 すこし落ち着くと立ち上がることができたので、同僚女性と女性課長に連れられ、総務部で話をすることになった。


 一通りカレンや、事情を知る同僚から話を聞いて、女性課長も呆気に取られていた。


「まさか、そんなことになっていたなんて」


 総務部の女性課長はさすがにビックリしている。


 いくらなんでも男性上司が、女性の部下のトイレまで見張るのはセクハラだ。

 飴田課長へは、事態を目撃した総務部の女性課長から上へ話を上げ、会社側から厳重注意することになった。

 一度、庶務課の部長が注意せずスルーしている件なので、その上の専務の誰かからの注意になるだろう。


 このときようやく、主人公の副業疑惑については、口頭で「趣味に過ぎず、利益もほとんど発生していない」ことから不問であることも飴田課長へ伝えられる。


 もうこれで、煩わされることはないはずだった。


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