もう問題はないはずだったのに

 カレンが区民会館のハンドメイド作品サークルで作っているのは、レジン樹脂で作る小物アクセサリーだ。

 ブローチやピアス、キーホルダーなどは簡単なのでいろいろ作っている。


「レジンってあれでしょ、透明なプラスチックみたいなやつ」

「そうそう。簡単だし可愛い。参加してみる?」

「うーん、作っても身に付けたりしなさそうだから、私はいいやー」

「そっかー」


 レジンアクセサリーはチープな印象の出来になることも多いので、この反応は慣れたものたった。


(うう、講師先生ごめんなさい! また勧誘失敗しちゃったー)


 ご年配の多いサークルなので、若い人を誘ってくれと言われているが、いまいち芳しくない。

 講師がイケメンなのをもっと表に出すべきか。




「でもさ、その上司、ただの趣味なのに副業だろって言いがかり付けてくるっておかしくないか?」

「それがね、アプリで販売してたって話をカフェスペースで聞かれちゃったらしくって。頻繁にやってることではないし、ほとんど赤字なんだけど、それ言っても全然通じないのよ」

「うわー」


 同期の男子がちょっと引いている。

 話しても通じないなどというのは、この年代の男子にとっては地雷対象だ。


 結局、飲み会ではカレンの愚痴は最初だけ。


 あとは他部署の同期たちの仕事の話や、恋人の話題、最近の流行りや休暇の旅行先の話など雑多な話をして二時間ぐらいで解散した。




 翌日、昼前に、総務部の同期からメッセージアプリ宛に連絡が入った。


 仕事の合間に就業規則を確認してくれたらしい。



『弊社の就業規則に「副業禁止」項目なし。

 上司に次からはそう言ってみて。』



「うーん……」


 とてもありがたい情報だった。

 ただ、この会社に限らず、一般的にまだまだ会社員の副業禁止が当たり前という空気があるのも事実なのが頭が痛い。


 すると午後になって、またメッセージアプリに同期から連絡が来た。



『総務部に法務部の人が来てたから、詳しく副業について聞いてみたの』


『令和になる前に厚労省が副業や兼業促進のガイドラインを出してたみたいでね。』


『カレンのトラブルのことを話してみたら、良い機会だから来期に向けて、就業規則に副業規定を追加する方向で検討するって』


『もちろん、副業を許可する方向でね!』



「おおお! これは良い流れ!」


 次に上司飴田に言われたら、この情報で逃げきろう。




 と思ったが、甘かった。飴田だけに。


「飴田課長。弊社は副業禁止はされてないですし、来期に追加される就業規則でも副業許可と明記されるそうです。いろいろお騒がせしましたけど、もう大丈夫ですから」


 カレンなりにパーフェクトな笑顔と台詞で断りを入れた。


(これは勝利間違いなし!)


 ぐうの音も出まい! と自信満々だったのだが。


 何と翌日から更に上司の意地悪さとしつこさが増すことになるのである。


「青山君、いい加減にしてくれる? 僕は上司として部下の管理が必要だから、副業の報告を上げろって言ってるんだ」


 いや、だから副業なんかしてません、と同じ回答をもはやカレンはできなかった。


 この人、何か怖い。

 昨日、あれだけ問題ないと言って更に命令してくる理由がわからない。



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