聖女は去り、平和が残る

 夜が明け、日々は過ぎ。事件の全ては白日の下に晒された。

 アイテーヌ公は廃嫡の後幽閉。ハイドン嬢以下多くの協力者が禁固刑、中には終身刑になった者もいた。軍と警察の再編も決定し、今中央は大わらわだ。

 そして、首謀者であるダントン辺境伯は絞首刑。

 最終的に、聖女がブン殴った人間はそのすべてが重い刑に処された。

 加えて、聖女自身も。


「貴女まで……」

「いくら自体が切迫していたからと言って、手順を踏まなかったのはやはり罪です。

 ……かなり多くの物を壊しましたしね。

 我はこの結果を受け入れます」


 聖女には国外追放と言う処分が下された。彼女はそれに納得していたものの、セシリアは救国の英雄に何たる仕打ちかと憤っていた。

 だが、当の聖女がその処分に納得して、旅の準備もしてしまったのだ。もはや、セシリアがそれに口を挟む余地はない。

 今二人は、王都郊外の草原を貫く道半ばでお別れをしていた。柔らかな春風が吹けば、緑の光が草原をあちらこちらへと走っていく。

 聖女をここまで馬車で運んできたセシリアは不服そうな表情を隠そうとしていなかった。そんなセシリアに聖女が微笑むと、彼女の手を取る。


「いいんです、これで」


 セシリアは聖女のその言葉に困ったように笑うと、頷く。一方の聖女も、セシリアの笑みに嬉しそうに目を細めた。そして、しばらく見つめ合ったのち、聖女が手を離しながら口を開いた。


「どこかに腰を落ち着けたら、手紙を書きます」

「はい。お持ちしております」


 沈黙。風が吹く。草花がぱらぱらと音を鳴らす。

 やがて、その沈黙に耐えきれなかったセシリアは一つ引っかかっていたことを聖女に問いかけた。


「実は、一つ分からないことがあるのです」

「はて?」

「アイテーヌ公が、私に婚約破棄をしたことです。あれをせずとも、グラン様を突入させてあの場を制圧するだけで、目的を果たせたのではないでしょうか?」


 そのセシリアの疑問に、聖女はそれなりに高い確度の推察を与えることができた。あの夜、奴隷商に問いかけたのが大きな根拠だ。準備と根回しを行った彼が“アイテーヌ公の計画を知らなかった”一方で“アイテーヌ公の目標は知っていた”こと、それに加え、ホールで見たアイテーヌ公の必死の行動から推察できるのは一つ。


「恐らくですが、うやむやの内に婚約破棄を行い、どさくさに紛れてハイドン嬢と結ばれたかったのではないでしょうか。今の王国では妾を取ることはできませんし」

「と、なると……」


 セシリアはため息をつき、聖女は困ったように笑う。


「ええ、アイテーヌ公は本気でハイドン嬢を愛してしまったのだと思います」

「……どこまで本気で、ダントン辺境伯に協力していたのでしょう?」

「それはもう今となってはわかりません」


 アイテーヌ公はもう一部の人間しか会うことができない。元婚約者とはいっても、いや、元婚約者だからこそセシリアはもう二度とアイテーヌ公と会うことはできないだろう。だから、彼の真の計画を知ることは永遠にできない。

 セシリアは吹いてきた風で僅かに髪を乱してしまい、聖女のベールも捲れてその奥の欠けた耳が一瞬だけ見える。

 セシリアはそれに悲しそうにしながら乱れた髪を戻し、ラナは悪戯っぽく笑う。


「ただ、人は愛する人のためなら、どこまでも大胆になれるのですよ」


 セシリアはその言葉に首を傾げると、ラナは何かを覆い隠すかのように笑顔のまま、錫杖を静かに鳴らした。この話はここで終わり。

 聖女は天秤を掲げ、寂しそうな表情を隠そうともせずに別れの言葉を口にした。


「さようなら、セシリア。あなたに月の神の加護があらんことを」


 そして、背を向けて、去っていく。

 聖女は振り返らず、セシリアは彼女の背が見えなくなるまで見送った。


「さようなら、ラナ。またいつか」


 どこまでも続く青空の下、白い雲が風に吹かれゆくように、聖女は旅立った。

























「おい、どうすんだ?」

                         「どうすんだって何をだ?」

「ブレントフォード公の暗殺だ。計画は失敗した」

                       「すでに報酬は支払われている」

「つまり?」

                      「やるしかあるまい。信用問題だ」

「わかった。……ブレントフォード公も運が悪い」










                「聖誅!」

             ――PUNISHMEN†――

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