突如聖女が現れ、王太子をブン殴る!!

 王立シリウス学園の卒業式の後、晩餐会が大ホールにて行われていた。そこにあるのは煌びやかな調度品、贅の限りを尽くされた御馳走。そして、それらを楽しむのは、各々の個性をわずかに主張する豪華なドレスを着た紳士淑女。

 王国の繁栄の象徴でもある卒業生達は、卒業旅行の話に「ああ、列車旅がしたい」だの「飛行船で世界を巡るんだ」だのと花を咲かせ、家庭に入る者は「これが婚約指輪ですの」だの「このドレスを贈られましたの」だのと己の地位を主張する。

 とある宮殿の大ホールで行われるそんな卒業式は本来、楽しいものであり、モラトリアムから放逐される寂しさを紛らわせるもののはずであった。

 だが、ダンスパーティーに先がけ、ファーストダンスを踊るために、王太子とその婚約者がホールの中央にやって来た時、それは脆くも崩れ去る。


「え?」


 この漏れ出た声は、婚約者のものか、その他の群衆の中の誰かか。

 驚きの声をあげるのも無理はない。王太子でもあるアイテーヌ公は、自身の目の前に来て美しいカテーシーをし、手を差し出した婚約者セシリア・ブレントフォードの手を取らなかったのだ!

 大ホールの中心で、シャンデリアの光に輝く黄金の髪を持つアイテーヌ公は、己が正当性を信じているのか背筋を伸ばし胸を張る。彼に相対するのは、夜のような深い藍色の長い髪を結んだ美しい女性。彼女は今愕然とした表情をしていたが。

 そして、沈黙がホールを支配し、楽団の演奏も中断された中、アイテーヌ公は辺りを囲って様子をうかがう群衆へと寄っていき、その内から一人の女の手を取る。

 それは、赤毛で、古いドレスを着た背の低い女だった。


「ハイドン嬢?」


 誰かが言ったその名前。彼女は貴族でも資産家の娘も無い、ただの平民だった。

 おお、アイテーヌ公!女神のごとき美貌を持つブレントフォード嬢の手を取らず、卑しき赤毛の手を取るとは!


「何故なのです?」


 名誉を著しく傷つけられしセシリア。彼女は茫然とそう呟くことしかできず。

 それに対しアイテーヌ公。ハイドン嬢の腰に左手を回し、右手を掲げて宣言す。


「俺は稀代の悪女セシリアとの婚約破棄をここに宣言する!」


 アイテーヌ公の宣言がホールを響き、セシリア・ブレントフォードは力が抜けた様にその場に座り込む。アイテーヌ公の宣言は万雷の拍手をもって迎え入れられ、彼はそれに応えるかのように右手を振りかけた、その時!


「お待ちなさい!」


 そんな拍手と歓声を遮る声と共に群衆より現れるは、白き聖女。右手に錫杖、左手に天秤を持ちし純白の祭服に身を包んだ聖女は、アイテーヌ公とセシリアの間に立つと、しゃんと錫杖を打ち鳴らした。

 人々は静まり返り、アイテーヌ公が誰何の声を上げかけたその時。


                「聖誅!」

             ――PUNISHMEN†――

      聖女は振りかぶった錫杖でアイテーヌ公をブン殴った!!


 美しき弧を描く金の錫杖が、いけ好かない男の頬を打ち抜き、彼は泥棒猫たるハイドン嬢と共に後ろへ吹き飛ばされる!

 大ホールに吹き荒れる悲鳴と叫び声!

 そして怒号と共に吶喊してくるは、十人を超える屈強な男達!

 聖女は振りぬいた勢いそのままに、その場で一回転!二回転!!三回転!!!


                「聖誅!」

             ――PUNISHMEN†――

  見よ!襲い掛かる屈強な男どもを一人二人三人と打ち据えていくではないか!


    果たして、ホールの中心は死屍累々!然れども聖女はいまだ健在!

         彼女は左手の天秤を掲げ、ここに宣言する!

                「神判!」

              ――JUDGMEN†――


 茫然とするセシリア。腫れる頬を押え、シャンデリアの逆光で光り輝く聖女を見上げるアイテーヌ公。アイテーヌ公は堪らずハイドン嬢を庇うかのように抱きしめながら叫んだ!


「何が神判だ!」

「我が神の名のもとに、汝らに神判を行う!」


 だが、聖女は止まらぬ!もはや神判は宣言されている!

 天秤もその輝きを増し、またも錫杖が打ち鳴らされた!


「規定、その一。我は、肯定か否定かで答えられる問いを行う!

 規定、その二。汝は、問いに対し肯定か否定かの回答を行う!

 規定、その三。双方、問いと回答に嘘はまかりならぬ!

 規定、その四。何人、問答に干渉するべからず!」


 聖女が前提を語って聞かせ、天秤の輝きがやがて収まる。アイテーヌ公は慄き、ハイドン嬢は顔を青くさせる。

 神判とは神の奇跡、何人たりともその効力から逃れること叶わず、その導き出す結果を覆すことは叶わない!

 聖女が口を開きかけたまさにその時、群衆から一人の男が飛び出してくるも、見えない壁に阻まれ近付くことが叶わない。何人も問答に干渉することはできないのだ!


「神判はしかるべき裁判と審査、そして儀式の後に行われるべきだ!こんな暴力的なやり方は認められない!」


 不可視の壁に阻まれた男からそんな声が飛んでくるが、聖女はそれを無視。


「我、アイテーヌ公に問う。

 汝、ハイドン嬢と貫通したか?」


 白き聖女のその問いセックスしたか?に、ホールの淑女は色めき立ち、アイテーヌ公は何度も首を振る。だが、神の天秤の前に嘘は通用しない!

 天秤は示す!これは嘘の証言!


「我、ハイドン嬢に問う。

 汝、アイテーヌ公と貫通したか?」


 もはや体を震わせ、土気色の顔色をしたハイドン嬢は頷いた。

 天秤は示す!これは真実の証言!


「我、ブレントフォード嬢に問う。

 汝、アイテーヌ公と貫通したか?」

「していません!」


 怒気を纏わせたセシリアが叫ぶ。

 天秤は傾かない!これも真実の証言!

 おお、神よ。アイテーヌ公は婚約者を差置いて他の女と関係を持っていたぞ。

 大ホールの人々は喧々諤々。中には暴言を吐く者も。

 聖女は錫杖を床に何度も打ち付け、口さが無い人々を黙らせる。神判は未だ続くのだ、静粛を促された群衆は各々口を閉じるか、口元を隠して隣と言葉を交わす。


「我、アイテーヌ公に問う。

 汝、ブレントフォード嬢への婚約破棄は計画されたものか?」

「……」


 答えは沈黙。然れども、天秤は傾く!


「天秤は答えを示した!計画されたものだと!」


 聖女の宣言に人々は色めき立ち、聖女は辺りを見回した。

 王太子と不倫相手、婚約者、うずくまる襲い掛かってきた男共と、神判を止めようとした者、それから傍観者。

 聖女は一瞬で全てを理解した。王太子の計画は綿密なものであったと。加えて、ほかならぬ己がその計画を打ち崩すことができる可能性を持っているのだと。


「婚約破棄が仕組まれたものですって!?そんなの……っそんなの!」


 哀れなセシリアは怒りに声を詰まらせ、一方のアイテーヌ公は開き直ったのか、悠然と立ち上がる。

 聖女よ、次はどうする!

 聖女はしばらく考え、やがて口を開く。それは、あまりにも予想だにしない質問。


「我、ハイドン嬢に問う。

 汝、金で買われた経験があるか?」


 聖女、目の前に立つ王太子を無視し、彼の下に侍る女へ問いかけた。

 その問いはホールの人々の間を嵐のように渡り、アイテーヌ公は目を見開いた。


「そんな経験ありません!」


 無論、ハイドン嬢は否定する。だが、天秤は真実を暴きだす。経験アリ!

 ホールの人々はもはや言葉はなく、漏れ出る声でどよめきを作る。だが、そんな中で、アイテーヌ公は聖女へ向かって剣を抜き、襲い掛かった!


「我、ハイドン嬢に問う。

 汝、奴隷であったか?」

「その汚い口を閉じろぉ!」

「違います!」


 アイテーヌ公は真実を暴く天秤へ剣を振り下ろす!だが、それは突如現れた光の壁に阻まれ、天秤の傾きは、ハイドン嬢が奴隷であったことを示した!


「黙れぇ!黙れ黙れ黙れぇ!」


 と叫ぶアイテーヌ公。彼は剣を振り続ける!

 が、光の障壁はびくともせず、聖女は怯みなどしない!


「ふむ……」


 聖女はアイテーヌ公のことをよそに考える。神判の質問はYESかNOかで答えられる質問でしか判定を出すことはできない。加えて、この神判は精神力を大幅に使う。それゆえに、質問は厳選しなければならない。

 そして、聖女は数秒にも満たない思考の末、次なる質問を導き出した。


「我、アイテーヌ公に問う。

 汝、その計画は王国へ仇なすものか?」

「うるさい!」


 聖女は天秤へと目を向ける。

 群衆も、セシリアも、アイテーヌ公の計画を知らぬ者は全員注視する。

 天秤の答えは――、


「仇なすものではない!」


 皆息をのむ。だが、聖女は違った。アイテーヌ公の斬撃の間隙を縫い、掲げていた天秤を下げる。そして、いい加減鬱陶しい男の腹に、錫杖を高速で突き出した!


                「聖誅!」

             ――PUNISHMEN†――

        姦淫の罪は罪!アイテーヌ公は放物線を描いた!


 飛翔したアイテーヌ公が墜落し、ホールの床を滑っていくのを見ながら、聖女は錫杖を打ち鳴らし残身!

 またも静まり返るホール。そして、そんな中で聖女はセシリアに振り返り、膝をついて彼女と視線を合わせた。白き聖女の赤い目とセシリアの青き目が交わり、やがて聖女は目を瞑ってゆっくりと口を開いた。


「協力してくださいませんか。セシリア様」

「え?」


 セシリアが声を漏らすと、どこからか聞こえる複数の音。突如の音にセシリアが辺りを見回すと、その音はホールの扉の向こうから聞こえてきていると感じられた。


「もう一度問います。ご協力いただけませんか?」


 再びの問いかけ。セシリアは聖女のことを見て、彼女が目を閉じつつも、真剣な表情をしているのを見て取ると、頷く。


「わ、分かりました。私が――きゃあ!」


 聖女は『私が何の役に立つのか?』と問いかけようとしたセシリアの事を、聖女は天秤を腰に提げ、空いた左腕で器用に抱き上げた!


――突入!


 すると、遠くから聞こえてくる野太い声。セシリアはひざの裏からお尻にかけて片腕で聖女に支えられ、彼女の肩に両手を置いていたために視線が高く、ホールの一番端、大扉の事を見ることができていた。

 それゆえに、扉が破壊される瞬間と、扉を破壊した軍服を着た男達が手持ちの破城槌を振りぬいている光景を見た!


「なっ!」

「セシリア様。しっかり掴まってください!」


 セシリアがホール内に突入してくる赤い軍服を着た兵士たちに驚きの声をあげていると、間もなく聖女は駆け出した!

 ぐわんと力がかかったのにセシリアは目を白黒させながら聖女にひしと抱き着く。

 そして、聖女は逃げ惑う人々の間を縫って、まっすぐ大扉の方へと向かうではないか!そこに整列するのは巨漢の軍人!中には同級生も制服を着ているのが見えた!


「なるほど!おおよそ理解しました!」

「何をですか!」


 頭脳明晰な聖女は納得顔になり、セシリアは疑問符を浮かべる。

 そうこうしているうちに聖女は軍人たちの前に走り込んできて、自由な右手に持つ錫杖を振りかぶる!軍人たちは各々警棒を持って立ちふさがるが、そんなもの、聖女の前には小枝にしかすぎぬ!


                「聖誅!」

             ――PUNISHMEN†――

     錫杖は薙ぎ払われ、その痛烈な一撃で隊列は脆くも崩れ去る!


「ひあぁっ!」


 聖女の体の動きに合わせて、振り回されてしまったセシリアが髪を振り乱しながら悲鳴をあげれば、聖女は彼女を抱く左手に力を籠め、しっかりと抱き留める。

 一方の薙ぎ払われ、吹き飛ばされた軍人の内の一人が何とか耐えて立ち塞がる!


「うぐぅ……!奴を、止めろぉ!」

「グラン様!?」


 振り向いたセシリアが驚きの声をあげる。なぜなら、彼はアイテーヌ公の将来の右腕として期待されていた、同級生の男だったからだ。彼は平和主義だったはず、セシリアが混乱していると、グランはホルスターからピストルを引き抜いた!


「死ねぇ!」


 ピストルを向けられた聖女は体を半身にさせることでセシリアのことを庇う。そして、右半身前に出した錫杖を正中に構えた!

 パァン!

 銃声!音速を超える弾丸が銃口から発射される!聖女は錫杖を突き出した!


                「聖誅!」

             ――PUNISHMEN†――

    弾丸なぞ聖女に効かぬ!弾丸を打ち払い、そのままグランを貫く!


 アイテーヌ公と同じくグランは放物線を描き吹き飛んだ!そして、聖女は彼が墜落するのも見ずにまたも走り出し、蹲る軍人たちを跨いでいく。

 走る廊下は美しき絵画、瀟洒な装飾、輝く黄金、煌めく光に満ちていた。

 だが、聖女にとっては、荒野で打ち滅ぼされる邪龍の絵画も、幾何学を駆使して作られた装飾も、ただ薄く伸ばした見栄っ張りな黄金も、神聖さのかけらもない毎日のように変えられる白熱電球も、空虚なものだった。

 やがて二人は、エントランスへとやってきて、そこでようやく聖女はセシリアのことを床に下ろす。


「っとと」


 セシリアが僅かによろけると、聖女は腰に手を回して彼女が倒れないように補助する。そうして何とか地に足をつけたセシリアは、聖女と目を合わせた。

 セシリアは聖女の方が背が高いことや、こちらを心配そうに見つめているのに気が付くと、視線を彷徨わせて手を所在無げに弄り始める。


「その……何と言えばいいのか……」


 言葉に迷うセシリア。一方の、聖女は静かに彼女からの言葉をじっと待つ。やがて、セシリアは聖女と目を合わせて、真剣な表情で口を開いた。


「ありがとうございます」

「……いえ、自分勝手にやったことですから」


 セシリアが頭を下げると、聖女ははにかんだ表情を作り首を振る。

 そして、僅かな間。

 それから、聖女は空気を換えるために錫杖をわずかに鳴らした。聖女にとっては咳払いのような物らしい、彼女は語り始める。


「手伝ってもらいたい事とは、あの場にいた人たちの家名を教えて欲しいのです」


 聖女からのそんな言葉に、今度はセシリアは驚く番だった。なぜ彼女がそんなことを気にするのか理解できなかったからだ。だが、聖女はこの婚約破棄に端を発する一連の騒動は根が深いと推理していた。故に、セシリアの助力が必要だったのだ。

 聖女は改めて頭を下げると、セシリアはそれに頷く。


「お願いします」

「分かりました。できうる限り、協力させていただきます」


 そして、聖女が口を開きかけた時、エントランスホールに別の声が響いた。


「貴女は、自分が何をしたのか分かっているのか!」


 聖女がその声の方向へと振り返れば、そこには息を切らした男が立っていた。彼は、神判を開始した際に突っかかってきた男だった。

 そんな男の闖入に聖女は錫杖を鳴らして、彼と向かい合う。事の次第によっては錫杖を振るうという意思表示に、男はたじろぐが、それでも彼は言葉を続ける。


「暴力に訴えた後、神判にかけるなどというやり方はあってならない事だ!

 神判は、証拠を積み上げ、しかるべき書状を整え、議会で採決を取ってから、大聖堂で儀式を行った後に、行うものなのだ!」

「それでは遅い!そもそも、決で賛成多数になったことなど無いではないか!」


 男のその主張に、聖女は真正面から言葉を投げ返す。セシリアは目の前の男が首相の息子であることを知っていて、彼もまた王太子と親交が深かったはずだと、言い争う聖女と彼の二人のことを交互に見る。


「事は一刻を争う!このやり方が最も速く確実である!

 多少の無理は承知!我が信仰に基づいて行動させてもらう!」


 錫杖の石突が床に打ち付けられ、聖女は天秤を掲げる。聖女にとって天秤を掲げるという事は、神に誓うという意味でもある。そして、神に誓ったという事は、己が命を捧げても良いという事だ。


「我は自らの行いを正義と信ずる!」


 聖女のその宣言に応えるかのように天秤が瞬き、錫杖も僅かに鳴る。後ろで問答を聞いていたセシリアは自分のことを助けてくれた聖女に賛同し、彼女の背後に立つ。

 規則と信仰とが向かい合い、お互いの主張を無言でぶつけあっていると、遠くから複数の足音。恐らくは軍人達が復活してこちらに向かっているのだ。

 聖女の判断は早い。すぐに振り返ってセシリアの手を取った。


「行きましょう。セシリア様」

「はい」


 二人がエントランスから出ていく直前、男が呼び止めるかのように声を荒げる。


「こんなやり方は横暴だ!

 貴様が信仰するまさにその神は何を司っている!言ってみろ!」


 聖女は僅かに振り返り、高らかに答える!


「愛と秩序!」


 男、これには閉口!

 そして、二人はエントランスホールから出ていった。やがてやって来るのは確かに軍人達。その足取りは重たく、どこか体を庇っているようだった。聖女に打ち据えられたからなのは明らかで、これでは追跡もままならないだろう。

 だが、彼らは一仕事成し遂げたような達成感に満ち溢れていた。

 聖女に抗弁した男は、軍人たちのその表情を不気味に思うことしかできなかった。




 一方のエントランスホールから脱出したセシリアは、振り返って今までいた宮殿を振り返る。比較的新しく作られたその宮殿は、邪龍神を踏みつけ民衆を導く初代王の彫刻が美しく、無意味なほど太い柱が建物全体の重厚さと力強さとを担保していた。


「本当によろしかったのですか?」


 セシリアはその声に振り返る。聖女は宮殿の門から出て、アーク灯で照らされる通りに立っていた。続けて、聖女は不安そうなセシリアにゆっくりと語り掛ける。


「引き返すなら今です」


 セシリアは通りの道半ばに立つ聖女を見て、それから振り返り、偉大さや強さを前面に押し出した宮殿をもう一度見上げる。空は自身の髪の色のように藍色で、西から東にかけて茜色から紺色へと移り変わっていた。

 そしてまた、聖女のことを見て、彼女の下へと走っていく。


「いいえ。聖女様について行きます」


 セシリアの言葉に聖女は目を僅かに見開き、やがて細めながら軽く錫杖を鳴らす。


「頼もしい限りです。さて、厄介な追手が来る前に行きましょう」


 そう言って手を差し出してきた聖女の手に、自らの手のひらを重ねたセシリアが首を傾げる。聖女からの協力要請は了承しているが、どこに行くかは聞いていない。


「どこへ向かうのですか?」

「奴隷商の下へ。見当はついています」


 聖女はもう次の目標を見定めていた。セシリアがそれに驚いていると、聖女は彼女に背を向けながら、重ねた手を自分の肩に添えさせながらしゃがむ。


「さあ、背に乗って」

「え?」

――こっちだ!


 セシリアが素っ頓狂な声を出すと共に、宮殿の方から軍人たちの声。こちらとあちらの距離はそう離れてはいない!急ぐのだ!


「早く!」

「はっ、はい!失礼します!」


 セシリアが聖女の背に乗ると、聖女は錫杖を彼女のお尻の下へと回し、両手でそれを持つ。セシリアはためらいながらも錫杖の柄へと腰を落ち着かせると、聖女は膝を伸ばし、彼女のことをしっかり背負い、ゆっくり加速しながら走り始める。


「行先はローズ貿易会社!しっかり掴まっていてください!」


 セシリアは聖女の首元に腕を回し、しっかりと掴まりながらその宣言を聞いて目を丸くさせる。


「ローズ貿易会社ですって!?」


 そんなセシリアの驚きの声を後に残し、聖女は日が落ちたばかりの麗しき王都を、人々の間を縫って疾走するのだった!

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