ネコの帰宅

入 ちる子

第1話 食べられないということ

ネコか何か飼ってるんですか?」

「まあ ペットというか……その……」

 医師はそこはもうどうでもいいよという顔をして しどろもどろの僕の言葉をさえぎり話を続ける。

「動物はね バイ菌持ってますからね。可愛いからといって口移しで餌なんかあげるとほんとに危ないですから。気をつけてくださいね。念のため破傷風の注射もしときましょう。創の方はほおっておいても じきに治りますよ。しばらくは痛いでしょうから痛み止めのお薬と一応抗生剤も3日分出しておきますね。のみきって創の調子も良ければもう来なくていいですから。えっと......誰かーー」

 医師は椅子に座ったまま後ろを向いてバックヤードに声をかける。

「ハーイ……」

 気のない返事をしながら 若い看護師が面倒くさそうに診察室に顔を出す。案の定冬二を見て おっ……という表情になる。思いがけないタイミングで 思いがけず良い男を見たときにするであろう顔である。うらやましいことに冬二はほとんどの女性にほとんどの場合笑顔で対応される。

「破トキ打って 処方渡して帰宅で。予約いらない」

 機嫌の良くなった看護師に医師が短く指示を出す。

「わかりました。待合室でお待ちくださいね。ご案内します」

 笑顔で十分気持ちの入った丁寧な話し方だ。

「ありがとうございました」

 マネージャーのタカが僕の代わりにお礼を言う。僕は頭だけさげて診察室を出る。待合室の長椅子に座るとタカが大きなため息をつく。

「どう思っただろうな あの医者......」

「うん。タカさん 嫌な思いさせてごめん」

 やっぱりSEX中に彼女に噛み切られたとは言えなかった。僕の舌にはごまかしのきかない歯形 その端に5mmほど裂傷そしてかなり腫れている。ここ3日程痛くてまともに食事が摂れず ストローでそっとジュースやスープを飲んで過ごした。他にも耳の後ろ 首 肩甲骨辺りに赤い跡 いわゆるキスマークが そして胸や肩にもかさぶたになったひっかき傷が 二の腕 太ももには噛み跡が とにかく僕は創だらけだ。


「で 冬二 この後 お前んち行かなきゃいかんのよ。彼女はいるか? 社長から会ってこいって言われてて。俺はさ。ほんとは嫌なんだよ こういうこと。でも……」

 タカのいいわけは まだまだ続きそうだった。

「わかりましたよ。どうぞ来てください。大丈夫っすよ!」

 僕は承諾した。



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