ゴブリンズ~最弱達は最強の英雄を目指す~
河童ラッパー
プロローグ
「昔々、大地に降り立った神様は、自らの代わりに世界を管理させるため、六つの種族を造りました」
「エルフ、ヒュマール、ルーガル、ドワーフ、オーガ、そして……ゴブリン」
「神様はまず、自身の分け身としてエルフを、次に——」
「ははうえっ」
薄暗い洞窟の中。鈴の音のように朗々と神話を語る女性の声は、まだあどけなさの残る声に遮られた。
「……どうしたの?」
「かみさまの話はたいくつです。えいゆうさまのぼうけんが聴きたい!」
「もう、またそれ?」
既に幾度と語り聞かせた物語を、尚もせがむ我が子に思わず女性は苦笑する。
きっと彼は、英雄サビールの物語なら千回聴いても「たいくつ」はしないのだろう。
最近は、主人公の古めかしい口調まで真似しているほどだ。
「……本当はね、あのお話はあまり聞かせたくないの」
「む……?な、なにゆえ!?」
「だって……」
言いよどみ、目の前の子を一瞥する。
「あれは、ヒュマール族の英雄サビールが、オーガ族やゴブリン族をやっつけるお話でしょう」
「
「いくらおとぎ話でも、そんなものを聞かせていたら、お父様だっていい顔はしないわ」
子供の目を覗き込むようにして、やんわりと諭す。
黄色い瞳に薄緑色の肌。犬歯は獣のように鋭く、耳は穂のように細長い。頭髪は生えておらず、額にはコブのような小さな角が生えている。子供ということを加味してもあまりに小さな体躯。
それに対して女性の肌は薄橙で耳は丸い。やや傷んではいるものの、美しいブロンドの輝きが残る長い頭髪を伸ばし、額に角もない。体格も子より幾回りも大きい。
余りにも似つかない外見。何も知らない者が両者を見比べて、彼女らが親子だと気づくものは皆無だろう。
母の言葉を受け、異形の子供は不満そうに抗議する。
「でもそれは、[悪いゴブリン達]を懲らしめているのでしょう?」
余りにも純真な心。どこまでも真っ直ぐな言葉。それらの何と貴く、そして、ああ、なんと残酷なことか。
我が子の眼差しが眩しく感じられ、母親は思わず目を背けた。視線の先に見えたのは、鎖に繋がれた自らの手足だった。
「そう……ね、……でも……」
言葉に詰まった母親は、尚も口を開きかけ、しかしそれは直ぐに別の怒号にかき消されることとなった。
「敵襲!敵襲ー!ヒュマールだ!——グブゥッ!!」
洞窟の中は俄かに騒然とし始め、激しい剣戟の音と断末魔がこだまする。
やがて音の発生源は一つ、また一つと消えていき、最後に何か重たいものが落ちるような音が響き、洞窟内は静けさを取り戻した。
女性と少年の元にころころと何かが転がってくる。
「――――ッ!」
「ち、ちちうえぇぇぇ!」
かつて父親だったものの頭部が目の前でゴトリと音を立て、動きを止める。
静寂の闇の中からは、カチャカチャと甲冑の音を響かせながら近づいてくる足音が近づいてきていた。
それが放つ圧倒的な暴力と死の臭いに、恐怖で狂いそうになりながら、しかし少年は立ち上がった。
父親は勇敢な戦士だ。いずれ、息子である自分にも戦いの時は来るのだと、幼いながらも言い聞かせられてきた。
背後の母親を守るかのように立ちふさがる少年。覚悟を持って敵を捉えたその双眸は、次の瞬間、驚きの色に変わった。
「えいゆう……さま……?」
微かな火の灯りの中でも、燦然と輝く純白の鎧に、全ての光を吸い尽くすような黒色の剣。
それは少年が毎日夢想した、物語の英雄そのものであった。
動揺から思わず振り返った少年が最後にみた母親の顔には、とめどない涙と、見たことのない安堵の表情が浮かんでいた。
そして異形の少年は、身体に衝撃を受けたと認識する前に、瞬く間にその意識を手放した。
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