第2話 サンスベリア新隊員
4月5日。
「カミセ!起きなくていいの?」
母親の声によって、一人の少年が起き上がる。スマホのアラームは鳴りっぱなしだ。
その少年は、アラームを止め、時計を見るや否や飛び起きて、急いで支度をし始めた。
「やばい、急がなきゃ!」
時刻は7時45分。
「集合は8時半であってるよね?」
母親が少年に問いただす。
「そう!あってる!」
少年はこけそうな勢いで階段を降りていく。
「間に合うの?」
母親が少年に聞く。
「うん!多分大丈夫!」
少年は答える。
少年は朝ご飯を急いで食べ、鞄を持ち、家を飛び出すように出た。
「ちょっと上聖!これ忘れていってる!」
母親が外に出て、勢いよく出て行った少年を呼び止める。
「ああ、忘れてた!」
少年は急いで引き返し、着替えが入った袋を手に取る。
「元気に行ってくるのよ」
「うん、任せて!」
少年は母親に見送られ、家を後にした。
「あんな様子で大丈夫なのかしら」
少年の後ろ姿を見届けた母親が、少し笑みを浮かべながらも寂しげに呟いた。
俺の名前はカミセ。中学を卒業したての15歳である。
俺は今日から、かねてより憧れていた「サンスベリア」の隊員になる。厳しい試験を突破し、いよいよ憧れの場所が近づいてきていて、興奮している。この国の平和は「サンスベリア」の存在があるからこそとも言える。そして俺は今日からこの国の平和を守る一員になれるということを、とても誇りに思う。活動はチームでやっていくと聞いているが、どんな仲間に出会えるのかというのも楽しみである。きっと凄い人たちが集っているんだろうと想像を膨らませれば膨らますほど、ワクワクが止まらなくなる。
8時25分。ようやく「サンスベリア」の前に到着した。中に入るには入り口の前にある顔認証システムの機械を通らないといけない。事前の説明会のときにすでに登録したので、俺は少し緊張しつつも顔認証システムに向かう。前の金髪のショートカットの女の人が顔認証を済ませ中に入っていった。俺もその人に続き、顔認証を済ませ中に入る。中に入ると写真で見るような高級ホテルのエントランスみたいで、さらに広い。とても大きい建物ではあるが、想像を超えてきている。試験も説明会も、この本拠地となっている建物では行われず、別の場所が会場となっているので、ここに入るのは初めてである。中で、人が集まっているところがあったのでそこに向かう。
「カミセくんかな?」
建物の中にいた男性が、俺の名前を呼ぶ。
「はい!そうです!おはようございます!」
俺は返事をする。
「はいおはよう!元気があっていいね!それじゃここに並んでくれるかい?」
男性が続けて言う。
「はい!」
俺は指示通りに動く。
あの男性こそが、現在この「サンスベリア」の代表を務めているアカマツさんだ。
8時半になった。
「よし、それでは8時半になったから、始めていこうか」
アカマツさんが喋り始める。
「改めましておはようございます、私は現在この「サンスベリア」の代表を務めている、アカマツと言います」
この人は本当にオーラが半端ない、スタイリッシュである。
アカマツさんは話を続ける。
「あなたたちは、このサンスベリアの隊員の20期生になります、新隊員は今ここにいる30名です」
同期は29人いるってことか。
「今日からあなたたちは”サンスベリア”の一員として、このディバプロという国の平和を守っていただくことになります」
いやー、こうやって聞くと俺もついにここに来ることができたんだなと思ってしまう。
「ここで、1つあなたたちに質問がありますが、”アザミ”という名前を聞いたことはありますか?」
アカマツさんが俺たちに聞く。確か世界規模で動いている悪党集団がそんな名前をしていたような、ディバプロに住んでいると、接点を持つことはないからあまり詳しくは知らない。と、心の内で考えていると、さっき俺の前にいた金髪少女が声を上げた。
「はいはーい!知ってまーす!悪い人たちでしょ?」
すごく元気がいい。しかしざっくりとした回答だな。
「そうです、よく知っていますね」
アカマツさんは笑顔でその少女を褒める。
「えへへ」
少女はわかりやすく照れている。
「その”アザミ”が、最近ディバプロの周辺で目撃されています。今までそんなことはなかったのですが、、」
アカマツさんはため息をつく。
「ディバプロに近づく目的といえば、やはり古くからこの国を護り続けている、伝説のオーブになるでしょう」
アカマツさんはそう言って、俺たちの目の前にある大きなモニターにオーブの画像を映し出した。
「ただ、我々もこの10個あるオーブについて、1個たりとも場所すらわかりません。そもそも実在するかもわからないのです」
10個のオーブがモニターの中で回転している。
「これは我々が作ったイメージ像なのですが、、でもこのディバプロの歴史と、”アザミ”が近づいてきているといったような事象を照らし合わせると、真実なのだろうと思います」
確かにディバプロでは、神の御加護があるのかというくらい、幾千年、それ以上の歴史で災害だったり資源不足だったり起こってきたというデータはない。だからこそ、昔に神様がこの地にオーブを祀ったと言われる伝説があるのだ。
「オーブの場所を知るものがこの世に片手で数えられるほどいると言われていますが、ディバプロにはなぜかおらず、もしかすると”アザミ”にいるのかもしれません」
ん、そんなことあるのか?と心の中で思う。国内の者ですら知らないことを、なぜ国外の者が、知る機会があるのか。これに関しては誰も知らないというのが真実なのではないか?
「なんとしてでも、我々は彼らを止めなくてはなりません、1番は当然彼らが来ないことですが」
そうだ、本当に狙いに来ているのかどうかもわからないのだから、そう焦らなくても良いだろう。
アカマツさんは少し間を置いてまた喋り始めた。
「もし彼らがこの国にやってくるとしたら、すこし言いづらいですが、忠告があります」
みんなの緊張感が高まってきた。
「それは、今までそんなことなかったのですが、命の危険性も伴ってくるということです、相手は確実に強力な武器や魔術を持っています、気をつけなければなりません」
え、そんなことを急に言われても。みんなの顔の雲行きが怪しくなる。
「なので、今年からは特殊訓練を増やしていきます」
アカマツさんが喋っていると金髪少女が手を挙げた。
「どうしました?」
「魔術って何?」
少女が聞くと、少しざわついていたのがピタッと収まった。確かに今の話を聞いて気になったことである。
「ふん、いい質問ですね」
アカマツさんは話を続ける。
「では逆に質問するとしましょう、魔術と聞くとどのようなことを思い浮かべますか?」
今度はアカマツさんが少女に質問をする。
「いやーやっぱりビームを出したりとか?」
代表に敬語も使わないなんて元からの知り合いか何かか?
「そうですね、大体そのような感じですね」
「え、そんなことできるの?」
金髪少女は目を輝かせている。
「訓練すればできるようになりますよ、実際あなたたちの先輩も習得していっていますから」
アカマツさんは少女に向かって言う。これには会場もざわついている。
「でも今までここに住んできて、一度も目の当たりにしたことないんだけど」
俺たちが思っていた疑問を代表して金髪少女が聞いてくれる。
「それはですね、当然街中で魔術を使うと騒ぎになるので、外での魔術の使用は禁じられているのですよ」
だから俺たちも魔術の存在を知らないわけだ。
「街のパトロールでわからない程度に使ったりとかはありますけどね」
アカマツさんがそう言うと俺の脳裏に、忘れかけていた記憶が蘇ってきた。
「(そういえば…)」
あれは10年前くらいのことだった。俺はこのとき不思議な体験をしたのだ。
街で父さん母さんと買い物に出掛けていたのだが、通りを歩いていると、反対側を歩いていた少女が、持っていた小さいぬいぐるみを車道に落としてしまったのだ。少女は咄嗟に車道に飛び出してしまう。そしてそんな少女が飛び出したところに、急ブレーキを踏んでも間に合わないくらいの距離で、車が走ってきていたのだ。誰しもが轢かれると思ったのだが、なぜか絶対止まるはずのない車が少女の目の前で止まったのだ。車を運転していた人も何が起こったのかわかっていなさそうな様子で、車のスピードを超短時間で押し殺していたのに車に乗っていた人たちも一切の無傷だったということがあった。あの状況がおかしいということは10年前の自分にもわかるくらいであった。もしかしたらあのときもこの「魔術」というものが使われていたのかもしれない。
俺は再びアカマツさんの話を聞く。
「疑問に思うことはどんどん聞いてくださいね!
あとそれともう1つ言わなければならないことがあります」
アカマツさんは再び真剣な表情になった。
「敵は案外近くにいると言います、あなたたちが少しでも怪しげな行動を見せたらマークしますのでご注意を」
「要するに、スパイが紛れてれるかもってことか?」
金髪少女が言う。
「疑いたくはないのですが、可能性は0ではありませんしね」
となると、もしかするとこの30人の中に”アザミ”から送り込まれた刺客スパイがいるかもということか。
「でも、私はあなたたちを信じていますから、だからこうして今ここにいることができているのですよ」
「はい!私たちは裏切りませんよ!」
金髪少女が元気よく敬礼する。
「そういうお前がスパイやったりして」
「あーあるかも」
新隊員の男子2人が茶化す。
「スパイちゃうわ!」
少女が言い返す。
「こらこら、喧嘩はおやめなさい。それでは、今から講堂の方に移動しますよ」
アカマツさんはそう言って講堂の方に向かい、俺たちはアカマツさんの後をついていった。
少女は自分を茶化した男子たちの後ろ姿にベーっとした。
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