怪盗ミティオは火を盗む :伝承破りの魔法怪盗《スペル・ハッカー》
室太刀
プロローグ・前 怪盗、現る
〜予告状〜
親愛なるカミラス・オースティン伯爵閣下
一足早い冬の訪れとともに、寒さも増したる今日この頃。如何お過ごしでしょうか。
さて、手前どもは畏れ多くも今宵、御家の至宝たる麗しの御令嬢と、大いなる“火”の魔法を頂戴しに参上致します。
他の物には一切手を出さぬことをお誓い申し上げる故、どうかお心づもりのほどをよろしくお願い致します。
あなたの魔法泥棒より
その“予告状”が届いてからというもの、わたしの家、オースティン伯爵家は蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。折しも、我が家は大事な用事のある日。ただでさえ忙しい中での怪しい手紙に、家中は目下大わらわ、てんやわんやの真っ最中だった。
「扉のカギは全て閉めろ! 見回りも増やせ! 誰か怪しい者を見た者はいないか!?」
「落ち着け。お嬢様達の警護は最優先で固めてある。それにおそらく賊の狙いは《紅蓮の令嬢》であるリアナ様だ。シャロン様の方は最低限でいい。あまり浮足立っては相手の思う壺だぞ?」
ドタドタと忙しなく足音が聞こえてくる。皆それぞれに駆けずり回って、家中をひっくり返すかのような大騒ぎ。
そんな中、使用人たちに指示を飛ばす騎士たちの怒声を聞いて、わたしは思わず笑いをこぼしてしまう。やはり皆にとってわたしは守るべき《令嬢》ではないらしい。せめて、お姉様のような燃えるように美しい紅色の髪がわたしにもあったのなら。わたしはつい、忌み嫌われる自分の白色の髪に触れた。
「そう自らを卑下されますな。この
「ありがとう、爺や。大丈夫、だよ」
わたしの唯一の護衛であり、執事長を兼任する爺やが気を遣って労わってくれる。
城と呼べるほどに大きな屋敷の中心、周囲の部屋よりも一段高いこの部屋の窓からは、街の様子がよく見える。空にはひときわ大きな満月がかかり、青白い光に照らされて家々の屋根が鏡のように輝いている。遠くで列車が汽笛を鳴らす音が聞こえる。
ふと、この月明かりの下であの街並みをそぞろ歩きしてみたい衝動が生まれる。とても静かで、幻想的ですらあるあの景色を、自分の足で歩けたら。
この街を統べるオースティン伯爵家の娘として、そんな願いが叶わないことくらい理解している。それでもそんな
「───
ふと窓の外から声がして、月明かりに影が差した。窓の外を見上げると、
風に揺れる無造作な前髪と、妖しく吸い込まれそうな紅い瞳。宵闇よりも暗い漆黒のマントを身に
「あなたは……!」
その顔を見た途端、わたしの中に驚きと、何だか分からない熱く
───本当に、来た……
「予告通り参上いたしました。お待ち頂いていたようで、何より」
次の瞬間、窓の外の人影は消え、部屋の入口に同じ人影が立っていた。いつの間にか顔の上半分は
「なっ、いつの間にっ」
爺やの心底驚いた声が響く。
「誰か───むぐっ」
「お静かに。本当はお目付け役として貴方もお連れしようと思っていたのですが、『他の物には一切手を出さない』と手紙にある以上、仕方ありません」
音もなく爺やに彼が近づくと、瞬きの間に爺やの口が上品な紅い布で覆われて、叫ぶことが出来なくなっていた。身体も縄のようなもので縛られて、既に身動きが取れなくなっている。
彼は唇に人差し指を当てて、しーっと子供を諭すように囁く。
「既に御家の御令嬢は、手前どもの手の内にあることをお忘れなく。
突然わたしは彼に腰に手を回され、引き寄せられる。いきなりのことに、不覚にも少しドキッとしてしまった。
「……い、いったい何のつもりで……! このオースティン家を敵に回して、無事でいられるとでも……!」
布の
「なに、不遇をかこっている麗しの君に、少々晴れの舞台に立つ機会を与えて差し上げたいと思っているだけです。身の安全と貞操はお守りすることを、神と精霊たちに誓ってお約束いたします。
「なっ……!!」
「て、貞操って……」
わたしも年頃の娘として、
ううう……身体中が熱くなっていく。
その時、屋敷のどこかでドーンという大きな爆発音がした。
「っ!?」
「おや、始まりましたか。では、失礼して……」
「ひゃっ!」
不意に背中と膝に手が回され、わたしは彼に抱き上げられる。こ、これっていわゆる、“お姫様抱っこ”というやつじゃ……!?
「───数日のうちに御令嬢はお返しいたしますので、どうぞご心配なく。お嬢様がこれより成し遂げられることを、ゆめゆめお見逃しのなきよう」
彼がそう告げると、窓がひとりでに開いて、そこに吸い込まれるようにふわりと身体が宙に浮かぶ。この人、わたしを抱えたまま跳んで───
「えっ、ええっ!?」
そのまま、窓から勢いよく飛び出した!
窓の外には手近な屋根も何もなく、真っ逆さまに落ちれば中庭の地面に激突するのは必至。
「ひゃあああああっ!?」
「大丈夫ですよ」
情けない叫び声を上げるわたしに、仮面の下に除く口元がニヤッと楽しげに歪む。
すると、信じがたいことに彼の身体はあり得ないほどに長く宙を舞い、気が付くとわたしたちは城壁の上へと飛び移っていた。振り返った彼が指を鳴らすと、さっきまでいた部屋に紫色の煙幕が立ち込める。
「それでは、
彼は、最後に
「おっ、お嬢様ああああああぁ!」
わたしたちが去った屋敷の空に、爺やの叫び声だけがこだましていた。
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