握手、友情の始まり

 部屋のドアの前で待機していたカナタに迎え入れられる。カナタは想像していたよりも背が高くて頼もしい印象だった。


「ようこそ」

「お邪魔します」


 他人の部屋を訪れるのは初めてだったが、教養として知っていた挨拶の言葉を告げてカナタの部屋に入った。やたらとアンティークな家具が多く、サーブされたお茶もアンティークなティーカップに淹れられていた。温かいお茶が体にしみて美味しかった。


「これ、美味しい」

「ラベンダーティーです。お口にあってよかったです」

「へえ、洒落てるね」


 目の前にいるのが、世界ランカークラスのゲーマーだとは信じがたかった。よく手入れされた長い髪やラベンダーティーを飲む所作からは育ちの良さがにじみ出ていた。二連のシルバーネックレスはシンプルなデザインだが超軽量の合金でできている。間違いなく高級品だ。世間話もそこそこに、気になっていたことを尋ねる。

「映像、いつも繋いでるの?」

「はい。マッチングして、楽しかった人には。でも、映像を繋ぎ返してくれたのは楓が初めてです。みんな、視覚情報は繋ぎたくないものなんですかね?」

「まあ、君が変わり者なのは確かだよ」

 家の内装、協力プレイを好む性格、リアルで会いたがるという言動。どれをとっても、時代にそぐわない。妙な言動にあてられて、柄にもなくカナタの部屋まで来てしまったが、どういうつもりで呼んだのだろう

「アバターだって、自分そっくりの物を使ってる人って結構レアじゃない?」

「そうなんですか? 昔作ったアバターをずっと使っているのですが、マイノリティなんですかね? 自分はむしろ楓が可愛らしい雰囲気の方でびっくりしました。アバターが何というか……いぶし銀でしたので」

 今は銀髪隻眼に長い髭をこさえた強面のアバターを使っている。隻眼なのは去年の世界大会の覇者が隻眼のアバターを使っていたことにあやかったものだ。その前までは緑色の髪にオッドアイでグラマラスなアバターを使っていた。

「リアルよりも長い時間を過ごす空間なんだし、見た目は派手にした方が楽しいからね。親もサイボーグみたいなアバター使ってたよ。最近は連絡とってないから今は分からないけど。そうそう、同じアバターずっと使ってるのだって珍しいんじゃない? フレンドはしょっちゅうイメチェンしてるし。最近は獣人アバターが流行ってるよね」

 話しているうちにいつの間にかラベンダーティーを飲み終わり、空のカップをソーサーにおいた。

「おかわり淹れましょうか?」

「じゃあお言葉に甘えて」

 カナタがティーカップを取ろうと伸ばした右手の腕時計は、歴史書の写真でしか見たことのないアナログ時計だった。その瞬間、すべてに合点がいった。

「あー、カナタって懐古主義者だったんだ」

 懐古主義者。前時代の遺物を愛し、前時代的価値観を有する者たちの総称だ。世間的には、頭のおかしい人間とみなされる。しかし、現代の人間は他人に興味がないので、その場では懐古主義者を侮蔑するが、翌日には懐古主義者とチャットをしたことすら忘れる。紙の本や見た目重視の家具は見たことのないものばかりで、カナタの親の趣味かとも思ったが、アナログの針のついた腕時計をつけているということはカナタ自身も懐古主義者なのだろう。しかし、カナタの人柄の良さを感じていたため、嫌悪感も差別感情も湧きあがらなかった。

「そうですよ」

 顔色を変えることなく、カナタが肯定する。

「親は冒険者なんです。自分に手がかからなくなってすぐ、どこか遠くに冒険に出かけたっきりです。小さい頃から、よく外の世界に連れて行ってくれて、だからリアルにこだわってしまうんでしょうね」

 部屋にいながら世界中の風景や本物よりも綺麗な架空の景色を360度音や匂いまで再現できる時代に本物の空気感にこだわる人間は稀である。「外の世界」という言葉も新鮮だった。バベルの中だけで世界は完結していると思っていたからだ。

「うちは逆。AI信者みたいな親だったから、3年前に2階のロボット開発研究局に行って全く帰ってきてない」

 親は治安維持ロボットに特に惹かれたようで、物心つく前から廊下や下層階の施設を警備するロボットを指さしては「あのロボットかっこいいね」と話を振られた。やたらとメタリックなマニキュアもサイボーグのアバターもそういった憧れの表れだったのだろう。ある程度機械工学の素養を身に着けてからはロボットの仕組みや改善点なんかを熱く語られた。その影響で、多少ロボットへの興味は人より強い。逆といったが、親の影響で魅了されたものが現代のものか昔のものかというだけで、本質的には似た者同士なのかもしれない。

 長いウェーブの髪と白衣の裾をなびかせて2階に向かう親の姿はとても生き生きとしていた。青春の全てをロボット工学の勉強に捧げた親だった。子供を作ったのだって保育器や育児ロボットへの興味が高じてというのがきっかけだったと聞いたときには唖然としたが、むしろあの人らしいと感じた。

「寂しくないですか?」

「全然。寂しいって発想が、やっぱり懐古主義者って感じ」

「すみません、失礼な質問でしたか?」

「別に」

 人は皆考え方が違うのだから、いちいち目くじらを立てるほどのことでもない。考え方が違えば諍いが生まれるが、合わない人間と無理して共同生活を送る必要のない現代社会は前時代のような争いはない。

 そもそも親は2階にいると分かり切っているので、会おうと思えばいつでも会える。親だって652-14に帰ろうと思えば、いつでも帰ってこられるはずなのだが、面倒なのかあるいは開発が楽しすぎるのか、いずれにせよ自分の意志で帰って来ないことを選んでいる。

 他の家庭がどういうものなのか分からないが、これがスタンダードだと思っているので、寂しいという発想は今日まで考えもしなかった。決して親が嫌いなわけではないが、カナタからはドライに見えるだろうか。こちらから逆に聞いてみる。

「そう聞くってことは、カナタは親がいなくて寂しいの?」

「寂しいですけど、親の夢は応援したいので。でも、寂しかったから楓に声をかけたわけじゃないですよ。一緒にゲームして楽しい人とはきっと仲良くなれると思って。ゲーム以外でも一緒に遊んでみたいなって思っただけです」

 どうやら懐古主義者は「人」に重きを置いた考え方をするようだ。現代人は、コンテンツそのものに重きを置くのでそれを誰と楽しむかは重要視しないので新鮮だった。懐古主義者が好む古代の娯楽とやらに興味がわいた。

「いいよ。何して?」

「親とはよく遺跡巡りをしていました。あとは狩りとか」

「狩り!? ハンティング?」

 丁寧な口調と人畜無害な見た目とは結び付かないワイルドな趣味に素っ頓狂な声をあげてしまった。

「もちろんちゃんと銃刀法は守っていましたよ。狩猟が許可されている区域以外で発砲したら、こちらがロボットに撃たれてしまいますし。狩猟区域で野生動物を撃って、料理して食べてキャンプをしたりしていました」

「うぇえ……寄生虫とか怖そう」

「そのあたりはスキャンすればAIが見極めや処理をしてくれるので」

「そこは現代的なんだね」

 ナノチップにはスキャン機能も搭載されている。自分の体をスキャンすれば体調を管理でき、どんな小さな病気の兆候も見逃すことはない。食物にかざしたことはないが、おそらく毒や危険物の反応もチェックできるのだろう。

「いくら懐古主義者だからって、現代文明を全否定しているわけではないですからね?現代文明の恩恵は享受しつつ、古き良き文化を楽しんでいるだけですから」

原始人扱いされたと感じたのか、拗ねたような口調でカナタが答えた。

「ごめんごめん、気を悪くしたなら謝るよ」

「怒ってないですよ」

 カナタはにこっと笑った。カナタは表情がころころ変わる。

「あのさ、狩りってどうやってやるの?」

 先ほど聞きそびれたことを聞いてみる。狩りはかなり興味深い。

「銃で撃つんですよ。光線銃より実弾の方が威力も射程距離もあるので、そちらを使えばかなり大物も仕留められるんですけど……実物、見てみますか?」

「見たい! 見る見る!」

 久しぶりに大きな声を出して、身を乗り出して返事をした。

 カナタが隣の部屋に案内してくれた。光線銃や散弾銃、ライフルとかなりいろいろな種類の銃器が取り揃えられていた。ナノチップの遠距離モニターと連動することも可能で、そうすればより正確な長距離の射撃も可能らしい。FPSガチ勢としては、この上なく興奮した。ひたすら「すごい」と「かっこいい」を連呼した。弾の入っていない実物を触らせてもらったりもした。

「もしかして、撃つのがやたら上手かったのって本物つかったことがあるからだったりする?」

「かもしれませんね。あのゲーム、本物と同じ感覚で撃てるので。もちろん、人に向けて撃ったことはないですけど」

「すごい……リアルスナイパーだ」

「どちらかというとハンターですけど、その喩えは嬉しいです」

 カナタがすうっと小さく息を吸うと、意を決したように言った。

「あのっ……楓もやってみませんか?」

「やるって、狩りを?」

「はい、銃は貸すので!」

「いいの?」

 興奮が止まらない。カナタはなんて気前がいいのだろう。

「はい。一緒にやりましょう!」

「ありがとう。今日ここに来てよかった」

「自分も、楓とこんなに話せて楽しかったです。懐古主義者だって言うと引かれたり、偏見を持たれたりしてしまうことも多くて。コレクションを褒めてもらったのも初めてなので、楓に使ってもらえたらこの子達も喜ぶかなと思いまして」

「別に懐古主義者って悪いことじゃないと思う。だってカナタはいい人だし」

 緊張しているように見えたりおどおどしたりと忙しそうなカナタはまた笑顔になった。

「では、今からもう一言だけいかにも懐古主義者的なことを言ってもいいですか?」

「どうぞ」

「楓と友達になりたいです」

 友達。その場限りの出会いばかりの世界で、概念だけが独り歩きしている言葉。古典の「学園モノ」を読んで、知識としては頭にあるけれど、実感できない幻のような言葉。

 正直、友達がなんだかいまいち分からないけれど、友達になれば気軽に遊ぼうと約束できるのだろうと思った。悪くないと思った。

「喜んで」

 形だけ教養として知っている前時代の作法にのっとって、カナタと握手をした。

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