愛なき世界で君の手を

天野つばめ

とある長距離スナイパーとの手合わせ

 敵に赤い十字の照準を合わせて、アサルトライフルの引き金を引く。百発百中のスナイパーKAEDEの二つ名は伊達じゃない。生々しい銃声とともに、スナイパーライフル使いの頭部は吹き飛んだ。


「YOU WIN!」

 眼前のゴーグル型モニターに、赤い文字が表示される。なかなか手ごわい相手だったが、本日7連勝目。西暦5890年現在、全世界で大流行中のFPSゲームはやっぱり面白い。

 秋の日は鶴瓶落としとはよく言ったもので、ゲームに夢中になっていたらいつの間にかもう夜だ。9歳の時に親が帰って来なくなって3年。今ではいくらゲームをしても咎められることはないので、無制限にプレイできる。自由の身になってほとんどの時間をこのゲームに費やしたことで、世界ランカーになれた。もはやライフワークと言っても過言ではない。

「Good game. ありがとうございます」

 負けそうになると切断するマナーの欠片もないプレイヤーも多い中、対戦相手はやたらと丁寧にボイスチャットで挨拶をしてきた。律儀な人。これが第一印象だった。

「Good game. こちらこそ」

「連勝途切れちゃいました。今までに対戦した人の中で君が一番強いかもしれません」

 相手、プレイヤー名カナタはへへっと笑った。素直に褒められると、くすぐったいような気持になる。こちらもテキストチャットからボイスチャットに切り替える。

「どうも。君も強いと思う。楽しかったし、もう1戦やる?」

「ぜひ」

 そのあと、追加で3戦した。銃の持ち方で、カナタが左利きであることを知った。


「ああ、分かった。カナタは根本的に動体視力と反射神経がいいんだね」

「楓も運動神経がかなりいいんじゃないですか?」


 汗を拭きながら、語り合う。このFPSは銃型の専用コントローラーを使う。音も感覚も、何から何までリアル感を追求して作られたゲームは世界中で大人気だ。リアルの感覚に近いということはすなわち、身体能力が反映されやすいということである。


「せっかくだから、タッグマッチしませんか?」

「正気?」

「もちろん。楓みたいな上手い人と協力プレイできたら楽しそうです」

 カナタの声は躍っていた。律儀な人という第一印象は、物好きな変人というセカンドインプレッションに変わった。


 協力型ゲームをプレイする人間は少ない。それもそのはずだ。5890年現在、リアルの世界においてもはや人間は他人とかかわらずとも生きていけるので、協調性は必要のない能力として人類が失ったものだ。

 人類の繁栄は知性によるものである。しかし、これほどまでに文明を発展させたのは、他の人間と協力し「社会」を形成したからであろう。一人の能力には限界があるが、分業によって豊かな社会を作ることが可能となる。先人の知恵を引き継ぎ、巨人の肩に乗り、人類は総力を挙げて技術を発展させてきた。これが前時代の話である。

 高度な技術はあらゆるものを機械化した。ライフラインの整備に始まり、治安維持、医療、教育と様々な産業をロボットが担うようになった。必死に他人と協力して働かずとも文化的な暮らしができるようになった。

 庶民ですらも、健康維持に必要な運動マシンを手に入れられ、1万回生まれ変わっても消費しきれないほどのゲームや音楽などの娯楽にアクセスできる。もはや争わずとも、欲しいものは何でも手に入るのである。かつて争いに興じていた血筋の人々もすっかり牙を抜かれた。

 多くの人々は、機械文明の恩恵を享受し、悠々自適な一生を送る。しかし、娯楽に、食に、あるいはロボットそのものに魅了されて、創作者あるいは生産者になりたがる人間も一定数存在する。そんな彼らも生まれてから人とかかわらず生きてきたので、多くの場合に仕事の同僚となるのはロボットである。人類はいまや協調性・チームワークをロボットにアウトソーシングしている。

 そんな時代に協力型ゲームやチームスポーツは流行らない。上級者とチームを組むことで勝ち馬に乗りたがる初心者の需要は一定数あるため、協力プレイ機能は多くのゲームで実装されているが、いかんせん誰も協調性がないため大抵の場合連携はひどいものになる。そのため、自力で勝つことができる上級者は協力プレイモードで遊ぶメリットが皆無である。カナタの提案はオブラートに包んで言えば変人、悪く言えば異常者のものである。

「後衛、任せてくれませんか? 一度だけでいいですから」

 いつの間にか、カナタは映像をつないでいて、手を合わせて頼まれた。その顔立ちはかなり整っていた。7歳くらいの子供の姿のアバターを使ってはいるが、画面に映るカナタはぱっと見で同い年くらいに見える。アバターをそのまま数年成長させたような顔立ちだった。そして、アバターと同じ二連のシルバーネックレスをつけている。

「1回だけなら」

 以前、ふざけてその場のノリで同じランク帯の顔も知らないフレンドと協力モードで遊んだことがある。その時の連携はひどいものでフレンドリーファイアをかまされ、わけのわからない初心者に負ける有様であった。相手は激怒して、フレンドを解除された。けれども、カナタは礼儀正しい印象だ。仮に連携がうまくいかずに負けたとしても、当たり散らすようなことはなさそうだったので了承した。ほんの気まぐれだった。


「楓! 右に敵が来ています。撃ってください!」

「ラジャー」

「楓、後方注意。このままだと挟まれます」

「ラジャー。左は任せた」

「すみません、ミスしました」

「ドンマイ。切り替えていこう」

 相手が初心者でこちらが両方上級者だったこともあり、対人戦は2戦2勝したので、コンピューターとの対戦をした。こちらは惨敗だった。1回だけのつもりが思いのほか楽しく結局3戦プレイしたことに自分でも驚いている。

 カナタとの協力プレイは決してストレスフルではなかった。当然お互い協力プレイモードなんてほとんどやったことがないので、お世辞にも完璧なプレイングだったとは言い難いが、共闘の意志は間違いなく感じられた。


「お疲れ様です。楽しかったですね」

モニターいっぱいの笑顔でカナタが言った。こちらからも、映像をつないでみるか。カナタがあまりにも嬉しそうだったので、柄にもなくそんな気持ちになった。なんとなくその方が「粋」な気がした。

「ナイスファイト。ありがとう」

カナタは一瞬驚いたような顔をした後、身振り手振りを交えながら感想戦を始めた。こうして振り返ってみると、改善点が一目瞭然になり、次は勝てる気がした。あまりにも話がはずみ、しゃべりすぎて喉が疲れてきたので、そろそろ回線を切ろうと思った。

 その時、人が人と会う必要なんてなくなったこんな時代に、ガーネットみたいな瞳を煌めかせてカナタが言った。

「会いたいです」

「いいよ」

これもまたただの気まぐれだった。たまたま同じ居住区域に強豪がいたことにテンションが上がっていたのかもしれない。

「部屋番号は?」

 今日は半年に1度のグローバル対戦ネットワークサーバーのメンテナンス日のため、ローカル回線を使用して対戦していた。つまり、カナタは同じバベルに住んでいる。

 利便性を追求した人類は「バベル」と呼ばれる超巨大ビルを各地に建造し、そこに居住するようになった。下層階に都市に必要な施設を作り、上層階に住民が住む。このバベルの人間は皆、7階の保育器で生まれ、特別な事情がなければバベルを出ることもなく一生を終える。最悪、部屋から出なくても生きていけるくらいだ。

 人との関わりのアウトソーシングの最たるものは出産の変化である。機械を利用して遺伝子情報を読み取り、新たな命を生み出すことが男女を問わず可能となった。人は母親からではなく、バベルに付属した保育器で生を受ける。

 単為生殖が機械によって可能となり、育児用ロボットが普及したことで、人口は爆発的に増えた。現代ではロボット達が社会を回すことで人々は争うことなく平和に暮らしている。何百億もの人間が母数であれば、ほんの少しの割合で生産者・創作者になりたがる者がいればそれはかなりの数になる。彼らによって、文明はより発展して生活はより便利になり、このように日々生産される新しい娯楽に興じることができるのである。

 こういった歴史はすべて教育ロボットに教えられた知識だ。前時代には世界中に存在した「学校」の代わりに、教育用ロボットが生きるために必要な知識や教養を各家庭でインプットしている。

「506-31です」

「OK。今行く」

「お茶を用意して待っていますね」


 手の甲に触れて、埋め込まれたナノチップの電源をオンにして廊下に出る。生まれた直後に体内に埋め込まれた端末一つで部屋の鍵の管理はもちろん、エレベーターや施設を使用する際のID認証も可能だ。

 手の甲をかざして652階にエレベーターを呼び寄せる。506階に向かう際、エレベーター内の治安維持ロボットに制止された。他人の部屋に行く文化は存在しないので、506階で降りる人間は不審者として認識されたのだろう。ナノチップは空中にモニターを出現させたり、インターネットに接続したりすることもできるので、カナタとのやりとりのバックアップを見せた。一瞬で認証され、エレベーターは506階へと動き出した。


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