彼岸花が咲く頃には
羽音衣織
第1話夏休みの終わり
陽射しが照り、橋からみる川が燦然と輝いていた。川沿いには彼岸花がそよ風にゆられ、気持ちが落ち着く。
新しいこの街で、九月一日から私は初めての常勤講師として、務めることが決まった。
大学を卒業して、教員免許を取ったのはいいけれど、正職員としては採用されることがなく、そのまま就職を安定させることのできないまま、非常勤講師として、3つの高校の国語の授業を担当していた。
そんな中で、担当していた高校から期間限定の常勤講師をやらないかと声をかけられたのだ。
妊娠して産休にはいる先生の代わり。代わりでも構わなかった、そこで私は副担任という肩書きまでもらうことができ、授業以外でも生徒と触れ合う機会ができるのだから、こんなチャンス逃すわけにはいかない。
私は二つ返事で答えると、とくに書類上の契約は名前を書くくらいで、あっさりと決まったのだ。
大学の就職活動の困難をしっているからこそ、一つ一つの縁を掴んでいきたい。私はそんな貪欲をもちながらこの街へやってきた。
ふと、橋の上からキャンバスに絵を描く少女の姿が目に映った。
ラフな白のTシャツで、彼岸花の中で楽しそうに描く少女の表情はまるで、絵画の中の光景のように、陽だまりの中で、美しく輝いてみえた。
彼女も綺麗なのだろうけど、この全体の光景が素敵でずっと見ていて飽きない。
私は無意識にずっと、見つめていたんだ。
初めて会ったこの日から…
すると、見つめ過ぎたのか、彼女と目が合ってしまった。
それは、一瞬だったかもしれない。
けれど、私からしたら時が止まったように、長く感じた。勝手に見つめていたことに対しての羞恥心もあとから湧いてくる。
私はその場から立ち去ろうとすると、
「ねえ、そのまま絵のモデルになってよ」
彼女は、私に微笑みかけそう言いながら筆を持った手で、私に手を振る。
私は狼狽しながらも、うなずいた。
すると、彼女は「ありがとう」と大きな声でお礼を言った。
突然、絵のモデルなんて…
見られてると思うと離れているのに、緊張してしまう。
無言の時間。
初めは緊張していたのに、次第にまた、私も彼女の絵画の中に入っているのだと思うと不思議な感覚に陥る。
そして、さっきと同様に、目が離せなくなるんだ。
どれくらいたったのだろう。
夕陽になってきた頃に、少女は「できた」と叫んだ。
その声にまた、ハッとして我に返ると、少女は満足そうにそのキャンバスに布を被せ片付け始めた。
「お姉さん、ありがとう」
そう言って、橋の上に来ることなく、私のいる方と逆の方向へと歩き去っていった。
「えっ…みせてくれないの?」
私は茫然としながら、その後ろ姿を見つめていた。
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