追放された令嬢は暗殺未遂容疑で逃亡中の父とともに匿われたが呪具で容貌を変えぶくぶく太って舞い戻る
諸行無常
逃亡生活
第1話 追放と隠遁生活
私には魅了の呪いがある。
魅了とは人に呪いを掛け発動者の思い通りに対象者を操り支配するある意味便利な魔法ではある。それが制御できるものであれば何らの問題も生じなかったのかもしれない。しかし、それが止むことを知らず常に周囲に影響を及ぼし続けるものであれば、良かれ悪しかれ最早それは呪いに他ならない。結果、望まぬ者の歓心を買い鬱陶しくも付き纏われることとなってしまったのである。
七歳の頃から学園に通い始めたのだけど、常に異性の目を惹き付けてしまっていた。鬱陶しくも望まぬ異性に纏わり付かれ引き離す事さえ出来ない。おまけに男子を独り占めしていると周囲の女子からは冷たい目で見られていた。
全く異性から好意の目を向けられるのを好まなかったと言えば嘘になる、だけれど、それは相手が誰であっても構わぬものではない。多くの人達の好意、特に唾棄すべき人達の好意は最早嫌悪であり呪いであった。だがその頃の私はそれが本当に呪いの所為だとは知らなかった。
そんな生活が続いた十歳の時に事件が起こった。
「どうした、クリフォード! 頭から血が出ているではないか、誰にやられた?」
「はっ、この少女がクリフォード様を突き飛ばし大怪我を負わせたのです!」
私にはフォトグラフィックメモリーという能力がある。見たものを見たままに記憶し忘れないのだ。
だというのに、あまりの衝撃の所為か、もうそこがどこだったのかさえも覚えていない。誰かの家なのか公共の施設なのか、部屋なのか外なのかさえも記憶していない。
私の目の前には頭から血を流し意識を失くしている小さな男の子がいた。私は訳も分からず立ち尽くしていた。
彼の父親であるカランドレッリ公爵が息子の惨状を見て狼狽し、一頻り騒ぎ立てた後、息子の従者に尋ねたのだ。
「わ、私は‥‥ただ、押しただけ‥‥」
カランドレッリ公爵に聞こえたのかどうかも分からない小さな声でそう呟くのが精一杯だった私は、ただ茫然としていて、頭から血を流す彼から目が離せずにいた。
「くそ、この下級貴族が! 殺せ! いや、私がそのそっ首を刎ね飛ばしてやる!!」
広い部屋中に響き渡るカランドレッリ公爵の怒声は私の体を震わせた。
私はこの帝国の大貴族であるカランドレッリ公爵の嫡男クリフォードに見初められた。彼もまた他の男子と同様私に好意を抱いていた。傲慢な性格の所為かまだ未熟な幼子に過ぎなかった所為か、彼は強引に私に抱き着こうとした。
私は私に対して好意を抱く異性を恐怖するようになっていたのだが、彼の綺麗な金髪と空の様に碧い目は好ましかったと覚えている。だが少々肥満気味の体形が好みではなかったのに加え、彼のかいた汗との接触を嫌厭した私は彼を突き飛ばしてしまったのだ。
結果、彼は転倒し硬い家具の角で頭部を強打してしまった。私は頭部から血を流し意識を失くした彼をただ茫然と見つめるしかできなかった。彼の父親が何かを怒鳴っている声さえその意味を理解することもできず大人たちががやがやと周囲を騒がしく行きつ戻りつし、彼を抱きかかえて連れて行く様を見送るだけの人形と化していたのだった。
気が付けば公爵は顔を紅潮させ怒りの表情で彼の右手に持った剣を振り上げ正に私の頭に振り下ろさんとするところだった。それをクリフォードの従者が色々と理由を付けて庇ってくれていた。どんな理由だったのかさえ、パニックで何も聞いていなかったのか分からないけど、覚えていない。
「分かった、今は殺さん。だがこの娘を国外追放しろ」
「つ、追放ですか‥‥?」
従者は追放には納得がいかないと主張するような渋面で答えた。
「おい、お前、そのまま生きていけると思うなよ、家族諸共覚悟しておけ」
公爵は私をその場で殺すことを諦めたのか捨て台詞を残し息子の後を追って行った。
悔恨の念が私の心を覆った。正当防衛だったと自分を正当化すれば少しは罪の意識は消えるものの、彼はただ自宅では母親にそういう風に甘えているのと同様な行動をしたに過ぎない。彼に悪気など無く到底自分の行為は正当化など出来るものではなく、自分自身を許せなかった。
死ななかったとはいえ相手は属国の公爵家などではなく、帝国の大貴族の公爵家であり、彼はその嫡男。問題にならないはずがなく、父は私を連れて逃亡し、父の家宰の伝を頼りに帝都より少し離れた田舎の邸宅に匿われたのだった。私はと言えばただただ父をこんな境遇に巻き込んでしまったことを後悔し、罪の意識だけが増長していくのを感じ自分を呪いながら日々を過ごしていた。
その事件の原因が呪いの所為だと知ったのは逃亡から暫くしてからの事だった。
「それはお嬢様の所為ではありません。お嬢様は『魅了の呪い』に呪われているのです。それが人の心を黒く染め、その者を強く惹き付けてしまうのです。仕方が無かったのです」
家宰のジョナサンはそう慰めてくれた。
彼の少し低めのバリトンの声が心地よかったのを今でも良き思い出として記憶している。当時の私は未だ幼子であまり理解は出来なかったとはいえ漠然と私の行動は仕方が無かったのだと、どこか救われたような気になって肩の重荷が少し軽くなった気がした。
逃亡生活は過酷とまではいかなかったけど貧困を絵に描いたようなものだった。下級とはいえ生来の貴族であった父は庶民の労働など出来ず優雅な暮らしどころか普通の暮らしさえ儘ならない生活が続いた。ただジョナサンが働いてくれていたお陰で何とか糊口を凌げていたと言える。
「ジョナサン、私も働きたい」
「大丈夫ですよ。お嬢様はまだ子供でそして呪われているのです。働かなくても構いませんよ、いえ、働いてはいけません」
そんな生活の中で十歳の下級とは言え貴族の息女とは思えない発言をしたのは当然だったと言える。だが、ジョナサンは私を優しく諭すように否定してくれた。
「それにお父上と同じお嬢様の髪と目の色は珍しいのです。直ぐに噂となり公爵にも知られてしまいます。見つかれば殺害されるかもしれません。くれぐれも無分別な行動には出ませぬようお願いします」
そう言われてはあまり働きたいと無理を言う事も
数日後ジョナサンがアミュレットをくれた。
「お嬢様、『認識誤認』のアミュレットを知り合いより入手致しました。これを装着してください、これで外を出歩けます」
私の為に高名な魔導師から頂いたのだという。今まで外出さえ出来なかったがこれで普通に外出する事が出来ると私は無邪気に歓喜しアミュレットを装着した。
だがこれは呪いが刻まれた呪具だというのだ。このネックレスの様なアミュレットは一度装着すれば二度と外せなくなるらしい。しかし、私には天の助けに他ならなかった。私にとっては自分の容貌こそが呪いだったのだから。
「いいですか、このアミュレットは呪具であり一度装着すれば外すことは出来なくなります。帝国で外せるのは国教である聖アウグスト教会の教皇や枢機卿団の方々くらいです」
装着した直後に教えられた。それでは遅すぎるとは思ったが彼は私の決心が鈍らないように装着した後で言ってくれたのだろう。それは彼の優しさだったのだと私には分かっていた。
魅了の呪いと逃亡生活の所為で家の中だけに限られていた生活は一変した。アミュレットは私の容貌だけではなく体形さえも偽ることが出来た。美しかったプラチナの髪と目は黒くなり、男子を惹き付けてやまなかった美しかった顔は至極普通の顔に変貌した。更に細身だった体形はでっぷりと太った体形に変わったのだった。そしてその副次的効果として魅了の効果が無くなったとジョナサンが教えてくれた。
魅了の効果が消え嬉しい反面、部屋の中にある鏡を覗く度に悲しくなる。そこに映る少女は到底以前の私ではなく、まるで他人のようにしか見えない。お世辞にも可愛いとは言えない容貌、一生独身で過ごすのだろうという印象を周囲に与える容姿。これで一生過ごすのかと思うと絶望に打ち拉がれ涙が溢れ出す。
私も女性だ、この姿でずっと生きていくなんて悲しすぎる。無意識にアミュレットを外そうとした。呪いのアミュレット、呪いで外れないアミュレット、教皇とかの偉い人にしか外せない、無理だと分かっていても体は勝手に動いていた。
だが奇跡は起きた。
アミュレットが外れたのだ。
恐る恐るまた着ける。だって着けないと生活できないから、それにまた外せるという根拠のない自信がなぜだかあったからだ。
そしてまた外してみる。外せた。任意で着脱できた。鏡の中の少女に笑顔が戻っていた。たとえどんな容姿でも一生偽ったままではないことが分かったのだから。好きな時には元に戻れる、それは私を絶望から救い出した。
でも、ジョナサンには黙っておこう。着脱できるならいつかヘマをやらかした私が捕まり父にまで累が及ぶ可能性が出てくる。彼に余計な心配をさせることになるのだから。私が極力外さなければよいだけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます