episode 0 pre-history:終わりの始まり

1991年12月25日、20世紀最大のイデオロギーであるマルクス・レーニン主義が提唱する社会主義国家を初めて地上に体現し、一大勢力であった社会主義陣営を牽引し続けたソビエト連邦は来たる21世紀を目前にして崩壊した。第二次世界大戦後、長らく続いた冷戦はアメリカ合衆国率いる資本主義陣営が勝利した。悪の帝国を象徴するソビエト連邦が滅び、再び世界はアメリカによって一つになると、誰もがそう思っていた。


しかし、2001年9月11日、アメリカ同時多発テロが発生。当時、各国の国際学者が唱えた"パクス・アメリカーナ"はニューヨークのWTCと共に尽く崩壊した。


テロによって引き起こされた世界情勢の混乱に追い打ちをかけるように、2008年、同じくアメリカ合衆国最大手銀行リーマン・ブラザーズが経営破綻、その波紋は全世界に及び、アジア通貨危機、ユーロ危機など、資本主義の原則である市場経済の基盤が大きく揺らいだ。


21世紀前半は国家間を越えるイデオロギーによる支配から脱し、溜まりに溜まった民族・国粋主義や、かつての宗教戦争を想起するかのような武装勢力が世界各地に跋扈していた。それでも人類は頑として困難に耐え続けた。


2020年代、それは民主主義の基本である自由が21世紀において最も遠くかけ離れていた時代であった。COVID-19……新型コロナウイルスである。ある現代史学者は言う。


"人類は試されているのだ。後世の人々に……"と。


そして、続く30年代……人類は滅亡の危機に瀕していた。戦争が起きたのである。その凄惨さは、北欧神話の出来事から、なぞらえてこう呼ばれる。


"終末の日"


開戦後間もないうちに、世界各地にて多くの流星が目撃された。まるで重力に引き寄せられたかの様に……


戦争はたった18ヶ月で終結した。……核搭載弾道ミサイルによる報復戦争によって国そのものが消滅した。人類がこの戦争で得られたものは、相互確証破壊が現実世界において起こり得るものであること。そして、人類は何度も過ちを繰り返す愚鈍で臆病な生き物に過ぎなかったことだ。


2039年9月1日、ポーランド・ワルシャワ市街跡にて停戦条約が締結された。奇しくもその日は第二次世界大戦勃発の日でもあった。この戦争で全人類の凡そ4割が核の業火に焼かれ、3割が国を棄て難民の身に下った。何故か、人類の大部分が北緯に属する国々で暮らしていたからだ。北アメリカ、北部ユーラシア、ヨーロッパ、中東北部の国家群は一同に全滅した。ラグナロクもとい最終戦争によって人類文明は衰退したかに思われたが、赤道以南の国々はかろうじて命脈を保っていた。


全滅状態であった西欧系諸国であったが、たった2ヶ国だけこの戦争から生還した。仏領ギアナとオーストラリアである。2ヶ国は開戦当初に、フランスからの独立、あるいは英連邦からの脱退によって核の戦火から免れた。当然、英仏両国は彼等を、"裏切り者"や"恥知らず"、"売国奴"、と蔑んだ。


だが、この働きによって戦後世界における西洋人の第二のホームグラウンドになり、そして戦後世界の主要国家の立場に留まるのを可能にした。その2カ国は中立を保ちつつ、"政治・民族・宗教的迫害"を理由にコーカソイド系難民受け入れ表明を宣言するなど、この時代においてそれなりの人道的支援を行った。その活動が戦後国際社会において高く評価され、それが彼等の国が大きな発言権を持ちうる所以であった。


この戦争は有史以来、長年培われてきたモラルが再確認される出来事でもあった。……生命倫理と言うべきだろうか、では社会的側面を含む生命倫理としよう。反面、21世紀前半の代名詞であるグローバリズムは一瞬にして霧散し、人類が再びその思想を思い出すのに半世紀も費やした。


2041年12月7日、南アフリカ共和国司法首都ブルームフォンテーンにて、南半球統一連合条約が締結された。法治国家共同体の永続を祈り、ブルームフォンテーンに連合本部が設置された。締結国は南アフリカ共和国、ブラジル、インド分離派、南洋華僑連盟、オーストラリア、独立ギアナ、その他中立国が参加した。同夜、締結国同士の戦争行為を禁ずる不戦条約が結ばれ、新たに加わる国家も調印することを義務付けた。またまた偶然なのか、その日は大東亜戦争勃発の日であった。


難民の殆どは、難民受け入れ国に住み着き故郷の土を二度と踏むことは無かった。廃墟同然の祖国に帰るよりも戦火を免れた国で再起した方が良かったからだ。ごく一部の愛国者達はその国へ帰郷するも、戦後世界においてそれらの国々の国際地位は戦前と逆転し、軍事・経済において引けを取らざるを得ない、そんな末路を辿るのを帰還者達は、ただ指を加えて見るしか無かった。


……アジア諸国家はもっと悲惨だった。主戦場に選ばれたアジア地域では幾万もの大軍が衝突し、多くの人道危機をもたらした。戦争に善悪二元論を持ち込むつもりは無いが、この戦争で最も被害を受けた国は間違い無く日本であった。戦争前夜の外交戦に敗れ、日本本土は交戦国のコンバットフィールドと化した。幸い、都市を消し飛ばすような戦略核兵器は使用されなかったが、各要衝にて数十発の戦術核が使われたことは事実であった。


故郷を破壊された日本民族は、交戦国に対する憎しみと失望の念をはらませ、また戦前の初動的外交を誤った政府を見捨てた。全人口の半分以上が制海権もままならない海上を伝って、戦火の及ばぬ新天地へ向かった。


……2038年8月、冬だった。


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宇宙生活であなたの暮らしをRE-アップデート~宇宙空間移住プログラム~ 紅林ミクモ @kurebayashimikumo

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