いつも通りの今日

@Tomahawk32

いつも通りの今日

俺は眠りすぎて腫れた目をこすり、そして、手を伸ばしてスマホを確認し、絶望する。

スマホ画面を消し、そのままベッドに乱雑に投げると、うつ伏せのまま、数秒の沈黙。

その後両手でベッドを強く押しこみ、体をベッドから引き剥がす。


16時半起床。いつもどおりの時間であり、別に、起きた時間に絶望してる訳じゃない。

…体調不良。それも、いつもどおり。

ただ、何か大事なものが手遅れになっているような、どうしようもない焦燥感と、同時に果てしない絶望感が体を襲っているだけだ。

...なんてことない、これも、いつもどおり。


対処法ももちろん知っている。息をゆっくり吐いて、ゆっくり吸う。これを繰り返して、感情を奥底に眠らせる。それだけでいいんだ、簡単だろ?イカれないコツは、考えないことだ。...さぁ、今日もやり過ごそう、いつもどおり。




俺の1日はルーティーンのみで構成されており、一切の無駄を省いて効率化されている。

先ず、部屋の扉を開け、放尿する。

朝のおしっこは欠かせないし、部屋は汚したくない。

当然の処置と言えるだろう。

その後はペットボトルの水をトマトの鉢に注ぐ。ニートだが、毎日忘れずに行っている。

筋トレも欠かさない、腕立てと腹筋を100回ずつ行う。

それが済んだら、ベッド脇から100回は読み回した週刊少年ジャンプを取り出し、表紙から裏表紙まで、全ての文字を4時間かけて、ゆっくり読み続ける。

そうして20時55分。眠りにつく…。食事は取らない。


優先されるべきは、半オートマチックに体を動かし、感情を起こさないこと。

つまり、何も考えないで1日を過ごすこと、結局、それが一番いい。

人と喋ることはないし、この4畳半の部屋から出ることもない。


この生活を初めて、どれくらいたったかは分からない。1ヶ月の気もするし、1年かもしれない。いずれにせよ、俺は今日も無心で今日をやり過ごし、そしていつもどおり、希望を抱いて眠りにつく。




16時半起床。深呼吸。放尿。水やり、筋トレ、ジャンプを読み、眠る。

16時半起床。深呼吸。放尿。水やり、筋トレ、ジャンプを読み、眠る。

16時半起床。深呼吸。放尿。水やり、筋トレ、ジャンプを読み、眠る。

16時半起床。深呼吸。放尿。水やり、筋トレ、ジャンプを読み、眠る。

…トマトは、今日も実をつけない。


何度繰り返しただろう。狂いそうな毎日を、無心でやり過ごし、明日が来るのをただ願った。

…俺は......間違っていたのか?



…俺は部屋の扉を開け、外を見下ろしている。放尿するためじゃない。

飛び立つためだ。部屋の外に。

扉の向こうは、どこまで続くかも知れない、暗闇が支配している。

テレビを放り投げると、テレビはどこまでも落ちていき、落下音はいつまでも聞こえてこない。…この暗闇に身を投じよう。明日を夢見て。




俺がこの生活をするようになったのには、理由がある。


ある日、いつもと同じく16時半に目覚めて、しばらくして異変に気付いた。

...しずかだ。音がしない。

テレビは映らなく、スマホは圏外になっていた。

部屋の扉を開けると、暗闇がどこまでも広がっていた。そして、数ヶ月ぶりにカーテンを開け、一色の景色に絶望した。


次の日、目覚めてスマホを確認すると昨日と全く同じ日時をさしていた。

その後、俺はありとあらゆること、できることを全て試した。数日かけ、検証し終わると、再び絶望した。

脱出は絶望的で、腹が減ることもない。

そして俺は、今日をやり過ごし、明日が来ることを祈って、眠るようになった。

感情は押し殺し、無心でやり過ごす。



...でも、それも今日までだ。俺は、部屋を飛び立ち、暗闇に身を投じることを決めたんだ。

たとえ、死ぬことになっても、俺は変化を求める。


17から引きこもり始めて、およそ3年。随分と遠回りしたが、ついに変わる日が来たんだ。

俺の胸は暖かくて、嘘みたいに充実していた。

自分から変化を望むなんていつぶりだろう?不安もあるが、期待もある。死んだって構わないが、できれば明日に生きたい。

俺は、希望を抱いて前に倒れこみ、暗闇に身を投じる。










…あれから何秒、何分、何時間、何日、何年経っただろう。

俺は未だに、同じ日を繰り返している。

未だ、落下を続けている。



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