第8話 そういうお年頃なんです
「おかえり。遅かったね、お兄ちゃん」
長かった学校での時間も終わり、満身創痍で帰宅してみれば、リビングで妹のあかねがテレビを付けたまま、呑気にスマホを弄っていた。
胸元が開いたキャミソールと丈がやたら短いホットパンツという格好で、深くソファーに身を沈めている姿からは、だらけきっているという感想しかない。
俺が一日どれだけ苦労したのかと耳元で叫んでやりたいが、まずはあのことからだ。
「色々あったんだよ。それより、あかね」
「何かな、お兄ちゃん?」
スマホから顔を上げ、あかねは無垢な眼差しをこちらに向けてくる。
私、なーんにも悪いことしてません的な、柔軟剤を使った洗濯物ばりの真っ白でふわふわした可愛い表情は、わが妹ながら見惚れそうになる代物だが、そこは長年の付き合い。
この小悪魔が何を企んでいたのか、およそのことは見当がつく。
「今朝、佐々岡を勝手に家に入れただろ。何で入れる前に一言俺に相談してくれなかった」
「えー、だってお兄まだ寝てたから起こすと悪いかなって」
あかねはあまり悪びれた様子もなく宣った。
やや童顔の顔立ちに、夏を反映した涼しげなショートカットとくりっとした目は、男を騙すには十分と知ってやがるこの妹様は、これで押し通すつもりらしい。
残念ながら兄の俺にその技はきかないので、きっちり追及はさせて貰う。
「本音は?」
「お兄と凛がセッ〇スするところを、隣の部屋から壁越しに聞こうかなって」
「アウトッ!!」
想像の二回りはひどい回答で、気持ち的にはノーアウト満塁からトリプルプレーでチェンジになった気分だ。
ついでに言うなら、いかにもう高校一年生で大人びてくる年とはいえ、セッ〇スなんて直接的な表現をお兄ちゃんとしては使って欲しくない。
「兄貴の情事に興味津々すぎ! 本気で引いたわ!」
「いやいや、凛が明らかに覚悟決めた顔してたからさ、やるんだねって確認したの。そしたら、すぐうんって頷くから、通してあげるのが武士の情けでしょ」
「腹切って死ね!」
何が武士の情けじゃい。
君のような脳みそピンク色の自称サムライ(笑)には、割腹することで講和の礎となり、敵ながらかの秀吉も感服したとされる備中松山城の清水宗治の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。
「えー、だって友達が恋してるんだよ? 普通助けるよね」
「兄貴が困ってるんだよ? 普通助けるよね」
「へー、普通助けるねぇ」
語尾のイントネーションを上げたあかねは目をすっと細める。
どこか怒った時の優理香さんと似たその仕草は、さっきまでは攻め攻めの姿勢だった俺のノミの心臓を一瞬で震え上がらせた。
「な、なんだよ? おかしなこと言ったか?」
「いえいえ、確かに兄妹だったら助け合うのは普通だよね。仮に私のことをしょっちゅうブスブス罵って、喧嘩となれば手も上げてた兄だったとしても、妹の私が尽くすのは当然のことですもんねえ」
「うっ……」
あの頃の話を持ち出してくるか。
小学校高学年からの数年の間については、言い訳のしようもないから、ここは甘んじて妹の言い分を聞こう。
「昔はさあ、私が嫌がること平気でしてきたよね。ブスなんてのは序の口で、服も持ち物も私に関わる全てを下げてきて、水泳でも絶望的に才能がなくて、泳いでいる姿が汚い犬がおぼれているみたいだから一秒でも早く辞めろって、私がタイムを出せない度にいい笑顔でアドバイスしてくれたよねえ。いやー、あのアドバイスは有難かったなあー。流石当時の学童記録持ってる人は言うことが違うなあって感心したよ」
「ううっ」
当時は本当にいきりちらかしていたからなあ。
水泳でどんどん結果を残せるようになって、周りも凄く褒めてくれるものだから天狗になって、水泳の実力が劣る他の同級生やあかねのことを完全に馬鹿にしていた時期だ。
佐々岡をずっとひどくした感じで、振り返ってみても当時の自分の行動に後悔しかない。
「……ごめん」
「ん? 今、何でもするって言った?」
こちらが渋い表情を浮かべるやいなや、あかねはニヤニヤしだす。
長い付き合いから予測するに、百二十パーセントの確率で無茶ぶりをしてくるだろう。
「何でもはちょっと」
「え? 水泳クソザコ妹の言うことは一つたりとも聞きたくないって?」
「何でも聞かせて頂きます」
まったく、こちらが一譲れば百要求してくる可愛い妹様である。
小悪魔系女子の見本みたいなやつだ。
「じゃあ、せっかくだから一つお願いしようかな」
「お手柔らかにして頂きたいですが?」
「隣で聞くっていうのは冗談としても、凛と一線超えたら、後でどんな感じだったか教えてくれない? いや、いやらしい気持ちとかではなく純粋な好奇心で」
「――――」
もうお兄ちゃんは絶句です。
そうまで友だちと兄貴の関係にくびったけな妹にどう接すればいいのやら。
というか好奇心って何だよ。
たまに放送しているサバンナ特集的な番組でライオンの交尾でも見ていてくれ。
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