第2話 貴志くんを応援したい(後編)
貴志くんは1年くらい前から小説を書かなくなった。ううん、書けなくなった。
「しょうがないよ。作文コンクールで賞を取ったくらいで、才能があるって勘違いした僕が馬鹿だったんだ」
僕なんて何のとりえもない人間なんだよハハハと、死んだ魚のような目をして乾いた笑いを浮かべる。
初めて会ったとき、「小説家志望です!」ってあんなに目をキラキラさせてたのに、すっかり自信をなくしちゃったみたい。どうしたらいいのかな。
こういうときプロの作家だと、編集者がホテルに缶詰めにして、無理やり書かせるって聞いたことがある。
ちなみに「缶詰にする」というのは、「缶の中に閉じ込められたように、どこにも出られない状態にすること」だそうだ。なるほどね……ということは、貴志くんはすでに缶詰めの中に入ってるようなものなんだから、わたしが編集の人の代わりをすればいいんだ。
***
「中学生が主役の小説を書いてほしいの。できれば夏休み中に」
「え、どうしたの急に」
わたしの突然の申し出に貴志くんが
「短編でもいいから」
「いや、無理だよ」
「でも、しばらく書いてないじゃない。小説家になる夢をあきらめたわけじゃないんでしょ? 夏休みが終わるまで1か月あるし、短編なら――」
「そんな簡単に書けるわけないだろ!」
乱暴に言い捨て、貴志くんはわたしを冷たい目で見た。
わたしはショックで身体が
「あんなに怒るなんて思わなかった。どうしよう……」
口に出すと余計に悲しくなり、涙が止まらなくなった。
嫌われるくらいなら余計なこと言わなきゃいいのに。バカバカ、わたしのバカ!
その日の夜、「何かあったの?」とお母さんにきかれたけど、わたしは何も言わなかった。いつのまにか、ほんとに悲しいことや辛いことは、親には言えなくなっていた。
それから数日後、庭のベンチでぼーっとしていると、後ろから声を掛けられた。
「暑いのに何してるの?」
貴志くんの声を聞くのは何日ぶりだろう。
わたしは振り返って彼の顔を見た。
もう怒ってないみたい。どうしよう、謝ったほうがいいかな。
そんなことをグルグル考えていると、貴志くんが紙の束を差し出した。
「ほら」
「え? これって……」
「面白いかどうかわかんないけど」
「書いてくれたの⁉︎ ありがとう! さっそく読んでみるね」
良かった! 本当に良かった!
わたしはバタバタと家に帰り、貴志くんの書いた小説を夢中で読んだ。
それは、今まで貴志くんが書いていたものとは全然違う、ワクワクするような楽しい冒険小説だった。
凄い。こんなのも書けるんだ!
「貴志くん、これ面白かったよ!」
読み終えたわたしは興奮して言った。
「そう? 良かった。葵ちゃんが面白いと思うようなものって考えると、いつもと全然違う話になっちゃったよ。たまにはこういうのもいいね」
貴志くんはニヤニヤしていた。
純文学じゃなくても、書いたものを面白いって言われるのは
調子に乗ったわたしは、それからも締め切りを決めてお題や人物を設定し、貴志くんに小説を書いてもらっている。
子どもが編集の真似ごとをしているのも変だけど、貴志くんが素直に言うことを聞いてるのも不思議だ。
お母さんが言うには、
「ずっとひとりで頑張ってきたから、そろそろ煮詰まってたのかもね。貴志くんのお父さんは大きな会社の社長さんで、貴志くんには会社を継いで欲しかったみたい。だけど、貴志くんは小説家になりたかったから、高校を卒業すると同時に家を出たんですって」
「そうなの!? そんなこと初めて聞いた」
「小学生に話すようなことじゃないからね。あなたがもう少し大人になれば話してくれるわよ」
「うん……」
そう言われても、なんだか胸のあたりがモヤモヤした。
モヤモヤの正体は、よくわからなかった。
――――――――――――――――――
お読みいただきありがとうございます。
前後編にしたのでまぎらわしいですが、まだまだ続きます。
5話と6話は、この頃の貴志くん視点のお話なので、最後まで読んでいただけると嬉しいです。
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