第5話 隣の葵ちゃん(前編)

貴志たかし視点~


 あおいちゃんがこの春、中学生になった。初めて会ったときはまだ小学5年生だったのに、あれから2年も経つのか。


 濃紺のブレザーの制服に身を包んだ葵ちゃんは、ドキッとするほど大人っぽく見えた。短く切り揃えていた髪も、鎖骨さこつのあたりまで伸びている。


 葵ちゃんのお母さんもきれいな人だから、将来は美人になるだろうと思ってたけど、成長が早すぎないか!?


 制服のスカートから伸びた真っ白なあしがまぶしい。今まで何とも思わなかったのに、制服を着たとたんに気はずかしくなるのはなぜだろう。


 もしかして、僕は制服フェチだったのか? いやいや、今までそんな性癖せいへきはなかったはずだ。

 しっかりしろ、貴志! 葵ちゃんはまだ13歳だぞ。

 だいたい、僕はロリコンではない。高校生のときに同じクラスの女の子と付き合ったことだってある。まあ、キスもしないうちに愛想をつかされたけど。


(貴志くんと付き合ってもつまんないって言われたな。ハハ……)


 今は彼女もいないから、変な誤作動を起こしてるだけ。うん、きっとそうに違いない。


 葵ちゃんはベンチから立ち上がり、くるりと回ってみせた。

「どう? 似合う?」


 笑顔がキラキラと輝いてみえる。

 またしても誤作動!


「うん。似合ってる。ブレザーだと大人っぽく見えるね」

 僕は何気ない振りをして答えた。


 *** 


 葵ちゃんとお母さんは、引っ越してきた日にふたりであいさつに来た。


「隣に引っ越してきた香坂こうさかです。これつまらない物ですが」

「わざわざすみません」

「こっちは娘の葵です。ほら、ごあいさつして」

「香坂葵です。小学5年生です」

「こんにちは。美作みまさか貴志たかしです」

「貴志くん?」

 

 いきなり子どもに名まえを呼ばれて、びっくりした。


「え、うん」

「葵、年上の男性をいきなり名まえで呼ぶのは失礼よ」

「そうなの? 貴志くんって呼んじゃダメ?」


 葵ちゃんは大きな目で僕を見上げた。

 子どもだからか、白目がうっすらと青みがかっている。


「ううん、いいよ。じゃあ、僕も葵ちゃんて呼ぶね」

「うん!」


 実を言うと、僕は子どもが苦手だ。バイト先のコンビニでも、走りまわったり商品を雑にあつかったりする子どもを見ると腹が立つ。

 だけど、葵ちゃんのことは不思議と受け入れられた。その後も、うるさいとか図々しいとか感じたことは一度もない。


「すみませんねえ。美作さんは学生さんかしら?」

「あ、いえ……コンビニでバイトをしながら、その……」


 小説家を目指してる。


 このひと言がなかなか言えない。

 相手の反応がこわいのだ。

 だが、ふたりとも僕の言葉を待っている。

 僕は勇気を出して言った。


「しょ、小説家を目指しています!」 

「あら」

「わあ」

「「素敵!」」

 と、ふたりは声を合わせた。


「お隣が作家さんなんてうれしいわあ」

「いえ、まだそんな」

「図書館で読めるかなあ」

「いや、だからまだ」

「楽しみね~」

「ね~」


 なんだ、この母娘おやこ。マイペースにもほどがある。変に構えていたのが馬鹿みたいだ。

 思わずフッと笑うと、つられたように彼女たちもフフフと笑った。


 その後も、料理をごちそうしてもらったり、伸びた髪を切ってもらったりと色々と世話になっている。


 今まで、アパートの住人と交流したことなんてなかったのに、この母娘は僕の作った壁を軽々とえてくる。特に葵ちゃんは、僕の夢を積極的に応援おうえんしてくれるので、その気持ちがうれしかった。

 



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