答え合わせ
私に恋人がいるということを最初に言ったのは親友の雪にだった。それはあの成人式が行われた夜の私の車の中だった。それを聞いた彼女の顔は驚きで満ちていた。当然だろう。私たちは幼なじみで何でも話す仲だったけれど、お互いの恋愛に関してはほとんど話すことは無かったからだ。
「誰なのその子。私の知っている人?」
こう聞かれて私はどう答えるか正直に悩んだ。私の恋は普通じゃない。
「多分知っているかな。中学が一緒だったからね。」
そうやって誤魔化すのが精一杯。
このことは誰にも言ってないと雪に伝えると、彼女は何故かほっとした表情を見せた。お酒のせいもあるのだろうか。雪の頬は少しだけ赤みを帯びていた。外はまだ闇につつまれていた。コンビニの駐車場には時折トラックが明かりと休息を求め集まりにくるだけで、とても閑散としていた。
私がこの事を雪に伝えるのには長い年月がかかった。付き合った当初に伝えようと思ったし、このことは一生伝えないつもりでもいた。それは雪が私の一番の親友であり、ずっと大切に想ってきたからだ。私は雪に拒絶されるのが怖かった。
「なんかヒントとかはないの?そもそもその相手は私と仲が良かった人?同じクラスだった?」
そんな私の決心や覚悟とは裏腹に、雪は私の恋人に関する質問を続けた。どうしようかと思った。恋人がいることを思い切って伝えたが、相手が誰なのか伝える勇気は正直無い。私は適当にはぐらかした。
「卒アル見れば分かる?顔見ればさすがに思い出すと思うんだけど。」
私は彼女が発したその言葉に少しだけ反応してしまった。
そう、あれには載っている。だから私は曖昧な言葉を呟いてしまった。
「そうだね。多分載ってると思うよ。」
その時、私はどんな顔をしていただろう?
雪と会うのは久しぶりだった。別々の高校へ行った私たちは離れ離れになってしまったが、今日こうやって会うことを私は本当に楽しみにしていた。
改めて雪の横顔をちらりとみる。本当にかわいい子だなと思う。
コロコロと変わる表情や、ほんのり赤くなった頬。そして、何より太陽のように明るい性格。こんな子だからこそ、私は長い間、このことを伝えることができなかったのかもしれない。
正直に言うと、私は雪に自分の恋人を当ててもらうことを望んでいたのかもしれない。雪は昔から何かと鋭いところがあり、今回も彼女の洞察力を心のどこかで期待していたのだろう。でも、それは、自分で伝えることの恐怖を雪に押し付けようとしていたのかもしれない。本当に心から祝福してもらいたかったら、自分の口から言うべきだ。
そんなことを考えながら、私は雪を彼女の家まで送っていった。
家に帰って私は、なんとなく中学の卒業アルバムを引っ張ってきた。ほんの少しだけそれを見るのが怖かった。あの人との出会いやあの時感じていた苦しみや葛藤を思い出してしまうからだ。
最初の寄せ書きのページには当時のクラスメイトからの言葉があった。その中に、オレンジ色のボールペンでハッキリと書かれた雪からのメッセージがあった。
「今まで本当にありがと!!高校別々だけど、これからもずっと友達でいようね!」
それを見て、何だか皮肉なもんだなと思った。
私は自然と「ごめんね」と「ありがとう」という言葉を交互に繰り返していた。
私は一体雪にどんなメッセージ書いたのだろう。
私は当時から雪の気持ちに気づいていた。私にとって雪は一番の親友だったが、彼女は私に対してそれ以上の感情を持っているような気がした。私はそれに見て見ぬふりをした。今思うと、雪が書いた寄せ書きは彼女なりのけじめと悟りなのかもしれない。一生友達でいる覚悟。それは雪の望む恋人関係にはなれないことを意味する。雪はどんな顔で私の告白を聞いていたのだろう?
それから私たちは何度か会う機会があったが、あの話題がでることはなかった。
正直、私はほっとした。それと同時に私は雪にとても感謝した。
私たちはついに結婚することになった。雪に恋人がいることを伝えたあの日から約二年。長いようで短いようで、月日はあっという間に過ぎていった。
結婚式は身内とお互いの本当に仲の良い友人や大切な人のみを呼んで行われることになった。だってこの恋は、私たちは普通じゃないから。
今でも、当時の先生と付き合っていて、そのままゴールしようとしていることに少しだけ引け目を感じている自分がいる。
雪に恋人のことを伝えてから、少しずつこのことを周りに話す努力をしてきた。まずはお互いの親から。最初は理解されず、同意をもらうことは決して簡単ではなかったが、最終的に認めてもらえて、この人と一生を過ごす覚悟と決心がついた。
本当は結婚式すら行うつもりは無かった。だって、そもそもこれは正式な結婚ではない。世の中では少しずつ認められて、受け入れられつつあるし、そういった制度がある事も知っている。でも、まだ、正式に籍を入れることはできない。
雪には結婚式の招待状を送った。私たち二人の名前を添えて。彼女には私の美しいウエディングドレスを見せたいし、何より私の一番の親友だからだ。その名前を見て、きっと驚くだろう。勘のいい雪は私の恋人が先生であることには気づいているかもしれない。でもそれは、正解じゃない。
だって、私の恋人は。
私の愛する人は女性なのだから。
祝祭と答え合わせ 九藤ラフカ @LafucaKudo
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