◆一:レターガールの制服はマジでクソ、って話

『では夕方のニュースをお伝えします。レターガール協会は《インターネット》を使用していた二十代の男性の身柄を拘束したと発表しました。今後身柄は警察に引き渡され――』


「いやー、今日も配達ご苦労様だね。いつも叫子(きょうこ)ちゃんが《手紙》を持ってきてくれるから助かるよ」

「いや、まぁ――仕事なんで」

「その制服も可愛らしいわねぇ。ちょっと派手な気もするけど」

 週に何度か回る配達先の七十代のばーさんは、あたしから手紙の束を受け取ってしわくちゃな顔をさらにクシャっとさせて笑いかけてくる。

 あたしが所属している《レターガール協会》の制服は、そういう上の世代から見たら派手なのかもしれない。ま、そんなことよりもすさまじくクソなデザインだとはずっと思っていた。

 上はピンクのポロシャツで、胸のところにはデカデカと《レターガール協会》と書いてある。

 先週配達したおっさんはじーっとあたしの胸を見てるから「やめてくれません?」って言ったら「協会名を見ているだけだよ? 何がいけないの?」と言ってきた。

 確かに協会は一般市民に『レターガール協会を名乗る不審者が増えているのでスタッフの胸元を確認してください』と謳っている。クソだ。一回上司に言ったら「ほら、それも“君たち”の役割だから。あるでしょ? スマイル無料みたいな。ま、これもサービスだと思って励んでくれたまえ」だとよ。死ねよ、ハゲ。

 スカートだって余裕の膝上。デザインは赤黒のチェックで超短い。見えるんじゃないかってぐらいに短い。それも上司に文句言ったら「だからスパッツもあるでしょ?」とか言われた。死ねよマジクソが。って思っていたが追加で「露出を隠したいならニーソックスもあるよ?」って言われた。マジ死ねよ変態クソジジイがっ! マジでレターガール協会の上層部にはこんなろくでもない連中しかいねーんだ。ちなみにあたしはスパッツ派だ。結局スパッツやらニーソを履かないといけない。マジでクソ。

 結果として痴女みてーな格好で街中を飛び回ってるから、年寄り連中には「これが今の若い子なのね」「……まぁ協会の方針だからしょうがないけど関心しないわねぇ」とか言われる。

 結局、上層部の趣味と男が喜ぶからこんな格好で配達しねーといけねーんだろクソが。

 制服の話をされると毎回イラっとするが、ばーさんの興味はさっきテレビから流れてきた“インターネットを使用した罪で捕まったと男”の話に移っていた。

「あなたたちって、ああいう“ネットを使う悪い人”を捕まえたりもするんでしょ?」

「そうっすね」

「ネットがなくなって、三年前と比べたらだいぶ平和になった気がするのよね。ほら、飲食店でイタズラする若い子や、殺人事件も減ったんでしょ? ネットがあったころはSNS? とかが原因だったんでしょ? ほんとあなたたちのおかげで平和な時代になったわ」

 本気でそんな寝ぼけたことを言いやがるばーさんは「ちょっと待っててね」と言って部屋の奥へと消えていく。

 ばーさんがいなくなるとあたしもテレビを視界に入れる。アナウンサーはさっきの続きを報道する。

『男性の罪は非常に重く、レターガール協会は“平和を乱す悪質な行為”と男を批判。警察の取り調べが終わった後は更生施設へと一定期間収容される見通しです。――それでは次のニュースです。レターガール協会新報が発行する新聞の売り上げは三年連続で購読者が増え、今や国民の貴重な情報資源に――』

 ヘドが出る。

 更生施設は完全に外部との接点が遮断されて、レターガール協会が認めたテレビ番組、新聞、ラジオ、書籍で三ヶ月間“洗脳”する恐ろしい施設だ。そこから出てきた人間は、完全にネットへ悪意を持った“正しい人間”へと更生されるそうだ。ヘドが出る。

「叫子ちゃん、これ持って行ってお仲間さんと食べてちょうだい」

 ばーさんからみかんが数個入った袋を受け取る。……こういうのは悪くない。感謝の気持ちは嬉しいけど今は素直に喜べない。

「あざっす」

「あなた、もうちょっと笑ったら可愛いと思うけどねぇ。ま、若いうちは色々あると思うけど頑張りなさいね。そのうち彼氏も見つかって結婚もできるから。そしたら孫の顔を見せにきてちょうだいね」

 あー、マジでみかんぶん投げてー。

「今日もご利用――ありがとうございました」

 あたしは“規約通りの角度”で頭を下げる。この角度がちょうど胸元が襟の隙間から見えていいらしい――とクソ上司が言っていた。セクハラだろ! って訴えたら「そういう層もいるからサービスだと思って」と言われた。マジでクソジジイすぎる。

 扉の閉まる音がすると、タイミングよくその上司から電話がかかってきた。

「なんすか」

『叫子ちゃ~ん、愛想よくっていつも言ってるでしょ?』

「なんですか」

『まだ配達残ってる?』

「あと数件あるけ――ありますが」

『それ明日でいいや。ちょっと“取り締まってほしい案件”が発生したから。《ジェネリフ》持ってきてる?』

「ありますよ」

『じゃあ現場向かってー。あ、住所は今言うからメモしてね』

 あー、マジクソ。

 男が喜ぶ格好させられてるのクソだし、以前の何倍にも増えた手紙とか配ってるのクソだし、何よりネットがないのが何より一番クソ。

 電話? メモ? LINEにスクショよこせよ! まぁないけどな!!

「……はい、わかりました」

 ネットがこの国から消え去ってから三年目の春。

 今年も相変わらずクソな世界だ。

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