第12話

 ……さて、次はあそこに向かうとしよう。……俺は森の泉の近くまでやってきた。すると、そこには見覚えのある人物が立っていた。


「よう、久しぶりじゃねえか」

「お久しぶりです、イザナさん」


 ……彼女はかつて『黒猫団』に所属していた女性だ。現在は『黒猫団』を抜けている。


「……それで、今日は何しに来たんだ?」

「実はあなたに会いに来ました」

「私に?」

「ええ、そうです」

「……とりあえず場所を変えるぞ」

「分かりました」


 俺達は近くの小屋に移動することにした。


「それで、私に用があるというのは本当なのか?」

「ええ、そうです」

「そうか……。それで、用件はなんだ?」

「実はあなたに頼みがあってきました」

「頼みだと? 一体どんな内容なんだ?」

「あなたには『黒猫団』に戻って欲しいと思っています」

「……どうして私がお前達の元に戻らなければならないんだ?」


 彼女は冷たい目で俺を見つめてきた。俺はそんな彼女の目を真っ直ぐに見返した。


「俺はこの国の現状を変えたいと考えています」

「それで?」

「その為には力が必要です。今の俺達だけでは王を倒すことはできないからです」

「だから、私に協力をしてほしいと?」

「はい、そうです」

「断る」

「何故ですか?」

「私はこの国を恨んでいるからな。滅びでも何でも勝手にすればいい」

「……なるほど。ですが、それは昔のことでしょう?」

「ああ、そうだ。だが、それとこれとは別問題だ。それに、例え過去のことであっても、私の心の中には憎しみが消えていない」

「そうですか……」

「悪いが、他をあたってくれ」

「……わかりました。今日のところは引き下がりましょう」

「ああ、そうしてくれ」

「それじゃあ、失礼します」


 俺はそう言うと、その場を後にしようとした。……だが、その前に彼女に呼び止められた。


「待て、もう少し話をしないか?」

「ええ、構いませんよ」


 俺は彼女と向かい合うように座った。


「……アンタはこの国をどうしたいと考えているんだ?」

「この国を変えたいと思っています」

「具体的には?」

「この国に住む人々の意識を変えていきたいと思っています」

「そうか……。それはなぜだ?」

「理由は色々ありますが、一番は差別をなくしたいからですね」

「そうか。……だが、それは無理だろうな」

「どうしてですか?」

「簡単だ。差別をしているのはこの国に暮らす人々ではなく、この国を支配する者達だからだ」

「ええ、確かにその通りです。ですが、それでも俺は変えたいと願っているんです」

「そうか。……それなら、せいぜい頑張ることだな」

「はい、ありがとうございます」


 俺はそう答えると、今度こそ出て行こうとした。……しかし、再び彼女に引き止められてしまった。


「まだ何かあるんですか?」

「ああ、そうだ」


 彼女は真剣な表情を浮かべながら、俺の顔を見つめてきた。


「……アンタの名前を教えてくれないか?」


 ……名前を教えるくらいなら構わないか。


「俺の名前はシンといいます」

「シンというのか……」


 彼女は俺の名前を噛みしめるように呟いた。そして、「ありがとう……」と言うと、静かに微笑んだ。


「それでは、これで失礼させていただきます」


 俺が立ち去ろうとすると、「ちょっと待て!」と呼び止められた。


「なんでしょうか?」


 俺が振り返ると、彼女は顔を真っ赤にして俯いていた。そして、しばらくすると覚悟を決めたような顔で俺のことを見た。


「私はアンタのことが好きになってしまったようだ……」

「……っ!」


 予想外の展開に思わず固まってしまう。……これは予想外だったな。まさか告白されるとは思っていなかった。……しかし、どうしたものだろうか?

 俺には好きな人がいる。だから、彼女の気持ちに応えることは出来ない。だが、ここで正直に話すのは得策ではない気がする。かといって、嘘をつくのは嫌だし……。

 よしっ! ここはシンプルにいこう。俺は彼女の目を見ながら答えを口にした。


「あなたのことは好きではありません」


 俺ははっきりとそう告げた。すると、彼女は目に涙を溜め始めた。

 ……あれっ!? なんかマズいことを言ってしまったかもしれないな……。俺は慌てて言葉を付け加えることにした。


「あ、いえ、嫌いとかそういう訳じゃないんですけど……」


 しかし、俺の言葉を聞いた瞬間、彼女は泣き出してしまった。


「……っ」

「あのー、大丈夫ですか?」

「うぅ……」


 ダメだなこりゃ。……仕方がない。とりあえず、どこかで休憩でもするか。俺は彼女を落ち着かせる為に、近くにあるカフェに入ることにした。

 俺は彼女を連れて、近くのカフェに移動した。店内に入ると、空いている席を見つけてそこに腰掛けた。


「落ち着いたみたいですね」

「……ああ、迷惑をかけてすまなかったな」

「いえ、気にしなくていいですよ」

「……ありがとう」


 彼女はそう言うと、小さな声でお礼を述べた。……さて、ここからどうしようかな。彼女が落ち着くまで待つべきか、それともこの場から立ち去るべきなのか……。……まあ、もう少しだけ様子を見てみるか。

 それからしばらくの間、沈黙の時間が流れた。俺がチラッと様子を確認すると、彼女は悲しげな表情をしていた。……やっぱり放っておくのは可哀想だよな。俺は意を決して口を開いた。


「……それで、どうしてあんな事を言ったのか聞いてもいいですか?」

「……別に大したことではないんだ。ただ、自分の想いを伝えようと思っただけだからな」

「そうですか。……ちなみに、俺のどこが好きになったんですか?」

「優しいところだな」

「そうなんですか?」

「ああ、そうだ」

「そうですか……」

「……もしかすると、照れているのか?」

「そんなことないですからね」

「そうか? なら良いが」


 彼女はそう言うと、小さく笑みを浮かべた。


「ところで、一つ聞きたいことがあるんだが、アンタはどうして『黒猫団』を抜けてしまったんだ?」

「……それは『黒猫団』が居心地の悪い場所になっていたからです」

「どういうことだ?」

「あなたも薄々と気づいてるんじゃないんですか?」

「ああ、おそらくだが、『黒猫団』はアンタが抜けた後に、リーダーである男が変わってしまったんだろう?」

「ええ、その通りです。彼は暴力で他の子供達を支配し始めました。その結果、子供達は恐怖によって支配されました。『黒猫団』は彼らの奴隷のような存在になってしまいました。私はそれが許せなかったのです」

「そうか……。……それで、アンタはどうするつもりなんだ?」

「『黒猫団』のリーダーはもういない。僕は彼らと一緒に戦おうと思います」

「そうか……。だが、アイツらは強いぞ?」

「もちろんわかっています。ですが、俺は負けません」

「そうか。……頑張ってくれ」

「はい。……そういえば、あなたはどうして『黒猫団』を抜けてしまったのですか?」

「……私には守るべきものがなかったからだ」

「どういうことですか?」

「そのままの意味だよ。私は子供の頃から親に虐待されていたからな。そのせいで人を信じることができなくなってしまったのだ」

「そうだったんですね……」

「ああ、そうだとも」


 彼女はそう言って寂しげに笑った。……どうやら話せる範囲では全部話し終えたようだな。そろそろお暇するとしよう。


「そろそろお時間なので失礼しますね」

「ああ、わかった」

「それじゃあ、また機会があれば会いましょう」

「ああ、そうだな」

「それじゃあ、さよなら」

「ああ、さようなら」


 こうして俺は彼女と別れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る