俺は院瀬見櫂。何だか知らんが、我が家のメイドは良いことを言う。

第1話 「夢」とは。

「たっだいまー」


でっかい玄関を開け、俺は高校から家に帰ってきた。


「おかえりなさいませ。櫂おぼっちゃま」


「一縷さーん、もうやめてよ、おぼっちゃまは!櫂でいいって!!」


「そうはいきません。わたくしは院瀬見家にお仕えするメイドでございます。失礼があっては、旦那さまや、奥様に申し訳が…」


「あー、はいはい。いつものそれね。もう!良いから!宿題、手伝って!!」


「かしこまりました。おぼっちゃま」


「…(本当にやめてくれ…)」






この、宝来一縷ほうらいいちるさんは、俺が中一の時から、院瀬見いせみ家に仕えるメイドさんだ。

ちなみに、俺は院瀬見櫂いせみかい。今、十七歳。一縷さんは二十六歳だ。

この人は、本当に何でも出来る、スーパーメイドさんだ。

料理はもちろん、洗濯、洗い物、掃除、そして、俺の家庭教師までこなしている。



「おぼっちゃま、紅茶が入りました。そろそろ、ご休憩なされた方が…」


「うん。だね。一縷さんのおかげで、英語、ばっちり解ったし!サンキュ!一縷さん!!」


「とんでもございません。わたくしの学歴では、ぼっちゃまにいつまでお勉強をお教えできるか…」


「何言ってんの!T大学を首席で出たんでしょ?」


「そんなものは偶然と、運でございます。実力は、遥か下にございます」


(んー…遠慮しすぎだなぁ…相変わらず…)


一縷さんは、言ってしまえば、仕事は勿論、容姿も完璧なのだ。仕事柄、いつも後ろで束ねているが、垂らしたら、艶々してて、さらさらしてて、触り心地良いんだろうなー…的な長い髪の毛。メイクっけなんてまるで無いのに、音がしそうなくらい、バサバサのまつげ。ファンデーションも、最低限、みたいなのに、きめが細かくて、二十代後半に入ったとは思えない。


「ねー、一縷さん、今日俺さ、めっちゃ格好いいこと言われたんだよね!」


「…と、おっしゃいますと?」


一縷さんは、真面目だけれど、そういう時は、優しく微笑んで聞いてくれる。


「担任の先生がさー、いつもはぼんやりしてて、ぼーっとしてるイメージなんだけど、今日、いきなり、ホームルームで語ったの!!」


「はい。なんとおっしゃられたのでしょうか?」


「『夢は、見るものじゃない。叶えるものだ!』って!なんか、どっかで聴いたことあるけど、でも、やっぱ、胸にグッとくるって言うか、夢見てれば何でも出来るなんて、綺麗ごとじゃん?やっぱ、夢は、叶えないとねー!!」


「………」


「…一縷さん?何?黙りこくって、どうかした?」


「そうでしょうか?」


「え?」


「『夢は見るものじゃない。叶えるものだ』本当に、そうでしょうか?」


「え…でも…」


「どうしたって叶わない夢でも、見ているだけで強く生きて行ける、そう言う事だって、きっと…必ずあるはずです。例えば、命に関わる病の子供が、夢を叶えるんだと、強く思い、寿命が延びた、という事例は少なくありません。“夢は見るものじゃない。叶えるものだ”それこそ、綺麗ごとだと、わたくしは考えます」


「……そっか…そうかも…ね。…やっぱ、一縷さんすげー!!」


「と、とんでもございません!!生意気なことを申し上げてしまいました。申し訳ございません!!!」


「イヤ!俺の担任の方が絶対間違ってる!!」


「…絶対、と言う言葉は、余り使うことをお勧めいたしません。人には、それぞれ、考え、思想、意志と言うものがあるのですから…。はっ!!わたくしとしたことが、また櫂ぼっちゃまにご無礼を…!!」


「…ありがとう。一縷さん、もう、部屋戻って良いよ」


「はい。失礼いたしました」



こんなう風に、一縷さんは、いつも、良いことを言う。

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