第3話 最初の朝

 窓から入る、さわやかな風で目が覚めた。


「ここは……」


 チクチクとした藁のベッドの感触で、まだ例の世界にいることを認識した。


 ──やはり夢ではない……?


 寝返りをうつと乾いた藁の音がして、ひなたの匂いがする。それらの感覚で、確かに自分がこの世界に生きている、ということを実感した。


 ──生まれ変わったということは、また生きなければならないのか……


 億劫さが、頭をもたげてきた。


 生きるのに疲れ、消えてしまいたいと思いながら過ごしてきたのだ。

 この世界でも、同じように生きるのかと思うと眩暈がする。


 ──正直、せっかく死んだのなら、そのまま消えてなくなりたかった……


 あの美しく整った顔立ちの人たちを思うと、ため息しか出ない。しかし、やはり自殺する勇気はないから、また惰性で生きていくしかない……。



 誰かがベッドから起き上がる音がしたので、そちら側へ寝返ると、クラズが濃い金色の瞳でこちらを見ていた。


「……おはよう」


 無口な子だと思っていたので、まさか向こうからあいさつしてもらえるとは思わなかった。


 ──とりあえず、この場所で存在が浮かないように、今後は子どものフリをしよう……


 ふたりの子どもに合わせて生活することを、そっと心で決意した。


「おはよう。いい天気みたいだね」


 あいさつを返すと、クラズはコクリと頷いて窓の外を見た。そのやりとりで目が覚めたのか、アルドラもウーンと伸びをして起きてきた。


 三人とも起きたので、一緒にトイレに行き、それから食堂をのぞいてみた。食堂にはシェアトがいて、テーブルを拭いていた。

 私たちに気がついて手を止めると、微笑みながら声をかけてきた。


「みんなおはよう。よく眠れた?」

「おはよう、シェアト。とってもよく眠れたわ」


 アルドラが笑顔で答えると、私とクラズも同意するように頷いた。

 昨日、みんなが話しているのを聞いて気づいたが、ここでは敬称がないようだ。誰もが名前で呼びあっている。


「それは良かったわ。それじゃあ早速だけど朝食まで少し時間があるから、みんなで手分けして掃除と水汲みをしてくれるかしら?」


 そう私たちに言うと、テキパキと指示を出していった。私は水汲みを頼まれたので、教えてもらった井戸まで、桶を両手にぶら下げていった。

 井戸にはルクバトがおり、手押しポンプで桶に水をためていた。


「おー、おはよう。エルライ。よく眠れた?」


 今日も眩しい笑顔であいさつをされた。


「おはようございます。よく眠れました」


 桶を置きながら答えると、ルクバトは水でいっぱいになった大きな桶を持ち上げて、私が持ってきた小さな桶に水を入れてくれた。


「さすがにふたつ同時に運ぶのは厳しいと思うから、まずはひとつを厨房まで運んでくれるか?」


 小さい桶だからいけると思うけどとひとつ持ち上げてみると、ひとつでも真っ直ぐ歩けないくらい重たくて、そのままヨロヨロと厨房へ向かった。


「おはようございます。水を汲んできました。どこに入れたら良いですか?」


 厨房では、猫に足元をまとわりつかれながら作業をしているミラクがいた。声をかけると、おはようと小声であいさつを返しながら水瓶を指差した。

 水を入れ終わって厨房を出るときには、モゴモゴとお礼を言っているのが聞こえた。


「猫、いるんだ。なでてみたいな……」


 そんなことを思いながら井戸に戻り、ルクバトから次に運ぶ場所を聞いた。それから井戸と、あちこちにある水瓶を行き来した。

 腕がぱんぱんになった頃、食事の準備ができたと呼ばれ、食堂へ向かった。


 テーブルには野菜の炒め物やゆで卵、漬け物のようなものなど、たくさんのおかずが並んでいる。

 さらに温かいご飯が、ナシラとアルドラによって運ばれてきた。みんなでそれらを手分けしてならべ終えると、シェアトが自然に感謝する言葉を唱えた。

 みんなでそれを復唱し、食べはじめた。


 ここの料理は香辛料を使っているのか、スパイシーな味付けが多めだが、好みの味なのでありがたい。お腹が空いていたようで、夢中になって食べていると、ナシラが笑いながら


「そんなに急いで食べると、喉に詰まらせるよ」


そう言って、お茶をカップに注いでくれた。


「ありがとう」


 お礼を言いつつ、がっついてしまった気恥ずかしさで食べる手を少し止めて、まわりを見渡した。

 子どもふたりは夢中で食べていて、若者たちは談笑しながら食べつつ、子どもたちの様子を気にかけているのがわかった。


「ミラクの作るご飯は美味しいでしょ」

「はい。とても美味しいです」

「ミラクはさ、初めて会ったときはすっごい挙動不審で大丈夫かなって心配したけど、料理の腕は凄いし、実はすごく優しいんだよ」


 ナシラは苦笑いしながら、昨日のあれでもずいぶんと人前であいさつできるようになったんだよ、とミラクとの出会いを話してくれた。


「僕の体を最初に洗ってくれたのがミラクだったんだけど、目の部分だけ穴を開けた袋をかぶってたんだよ。それでモゴモゴと話しかけてくるんだけど、全然聞き取れなくて……。挙句、足元がよく見えなかったのか、お湯の中にひっくり返っちゃってさ……」


 何やら思案顔で食事をしているミラクを見てから


「あの時は子ども達に怪我させたらどうするのってシェアトが怒って大変だったよ……。あの頃から比べると、人と顔を合わせてあいさつできるようになったんだからすごいよ」


 ナシラはミラクの成長を喜ぶように笑った。

 どちらが年上かわからない微笑ましい言葉に私もつられて笑い、再び料理に手を伸ばした。

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