正体

「なんなの? なんの呪文なの? 黒い粉が、味方じゃないって? 自我?あるわよ! 麻薬? 頭痛が叫び? わかんない、わかんないよ…!」


 次の瞬間、また激しい頭痛が襲ってきた。


 頭だけでは無い、顔も、手も、胸も、全てが「頭痛」に侵された。


「いたい…いたい…!いたい!いたい!いたい!いたい!いたい!いたいいいい!!!! なんなの…なんなのよおおおおお!」


 先程の呪文のような声など、もう気にしていられない。できるだけ髪を引き抜き、黒い粉を作った。


 激しく両手でこすり合わせると、全身の「頭痛」は、少しだけ和らいだ。


「いた…い…どうして、なんで、痛みは叫び…って…」


 泣きながら、はあはあと、息を整える。またいつ、あの痛みが襲ってくるか、解らない。


 止まらない涙で鏡を見ると、力任せに引き抜いた残りの髪がまばらにあるだけで、ほぼ無くなっていた。


「え…かみ…ない…? こな…つくれない…?」


 混乱する頭を抱え、枕元にある頭痛薬を取り出す。シートに1つずつ入っているそれを、震える手で全て取り出した。


「これ、だけ、のめば、たすかる…?」


 既に、自分は異常になっている。そう自覚していても、痛みから逃れる方法を必死になって考えるしかなくなっていた。


 いつ来るかわからない激痛に怯え、ベッドで蹲り、全身を震わせる。


「たす、けて、だれか、たすけ、て」


 そう呟くが、誰にも届くことは無い。


「あた…し、どうなる…の…だれ…か…びょういん…」


 思いついて、適当に置いたバッグににじり寄り、スマホを取り出した。視界には、残り少ない充電残量がみえる。


 這いつくばりながらベッドに戻り、震える手で充電器を差し込み、救急車を呼ぼうとした。


 その瞬間、


「ああああああああぁぁぁー!!!!」


 激しく全身に走る頭痛が、また、襲ってきた。


 取り出した薬をかき集め、次々に口へと放り込み、乱暴にペットボトルの水を飲み込む。


 だが、そんなものは効く訳がなかった。


「い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛いいいいいいいいいいいい!!!!!」


 まばらに残っていた髪を全て引き抜き、黒い粉へと変わったそれを、必死に握った。


 しかし、量が足りないのか、激痛が和らぐことはない。


「やだやだやだやだやだやだぁぁぁぁ!!!」


 痛い全身をうずくまらせて、全身をかかえる。不必要に力が入り、両腕や両足を、ガリガリと引っ掻く。


 引っ掻いた先が、ジャリジャリとした手触りに変わっていく。


 固くつむっていた目を開けると、引っ掻いた跡をなぞるように、黒い粉がびっしりと付いていた。


「あ…う…?」


 引っ掻いた後にある黒い粉を更に擦ると、煙となって立ち上る。全身の痛みは、少しだけ引いた。


「かみ、だけじゃ、ない?」


 先程、頭に響いた呪文の一部が、頭を過ぎる。



《痛みは、押し潰した自分の叫び》


《黒は身を削った麻薬》



「あ…いたいのは、わた…しが…言わなかった…のみこんでた…こと…?」


 そして、また思い出す。


「みをけずった、まやく?」


 涙を零しながら、ようやく少しの理解ができた。


 頭痛が始まるようになったのは、今の仕事で、激務が続くようになってからだ。


 それでも、会社に意見してもどうしようもない、目の前にある仕事をこならなければと、言いたい事をいつも飲み込んでいた。


 サキのように、助けてくれようとする手も、遠慮して掴まなかった。


 自分がもっと有能で、こなせれば。

 それができないから、我慢すれば良いのだと、思い込んでいた。


 そのストレスが、痛みという形になって、気にしないフリをしていた自分に、返ってきていたのだ。


「ばか…みたい…だ…」


 そして、それを振り払うかのように、頭痛薬に頼っていた。なのに、どれもこれも合うことはない。一時いちじしのぎでもいい、少しでも楽になれる特効薬が欲しいと、ずっと願っていた。


 それが物質化したものが「黒い粉」だった。


 押し殺して、バカみたいに自ら犠牲になり、溜めていた黒い心。


 文字通り「身から削り出して」、麻薬のように楽になる粉を作り出した。


 それを、擦ったり、払ったり、潰したりして「本当は目の前の敵を潰したい」という気持ちの代わりにしていた。


「煙のように無くなれ」と思う事で、悲鳴を上げる体を楽にしていた。


 そうして、あの様な、怪現象が生まれたのだ。


「あは…こん…なの…だれも、しんじない…」


 自分だけが理解出来る、独りよがりな、麻薬。


「こんなこと…サキ…は…わかってくれたかな…?」


 ダメだ、優しくしてくれる友達なのだ。

 気持ち悪いなどと、あわれむような目や、白い目で見られたくない。


「も…わたし…こわれてた…もどらな…い…」


 ドロドロと流れ続ける涙を拭き取ることもなく、うずくまるしかなかった。

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