味方

締め日を迎え、送らなければならない請求内容を打ち込み、根拠資料こんきょしりょうと共に確認をする。


この、特に神経を使う作業をしながらも、新しく始まる業務の計画書類は次々つぎつぎと飛び込んでくる。


小さい会社にはありがちな、上層部がパソコンを使いこなせない現象のせいで、乱雑に書かれたメモとともに書類が置かれる。


《次の仕事の提出物 2時間後に持っていく

急ぎ》


下手すぎて読めない文字のメモを解読しながら、見た事もない書類を読み込み、なんとか内容を把握する。


先方から渡されたであろう提出一覧を確認し、保管している資格証のコピーを抜き取り、作業員名簿のテンプレートを立ち上げ、情報を入力していく。


「はあ…地味に…疲れる…」


誰にも聞こえないように小さく愚痴をこぼしながら入力し終わると、印刷ボタンをクリックする。


後ろから複合機の作動音が聞こえると、印刷物を取ろうと立ち上がろうとした。


その瞬間、


「いっ…!?」


鋭い痛みが、ズキリと後頭部へと走る。


思わず頭を抱え、椅子にドサリと座りこんだ。


「キョウコ!? どうしたの? 全然、大丈夫じゃなさそうじゃない!」


サキがこちらにきて、私の背中に手を当ててくれる。あたたかい友人の手に、頭痛が少しやわらいだ気がした。


「なんか…なんだろう、これ。今朝からおかしいの」


「早退しよ? ね、病院行こう?」


背中をさすりながら、サキが優しくさとしてくる。だがそれは、私にとっては申し訳なさが湧いてきて、逆効果になる。


デスクの引き出しを開け、常備してある頭痛薬を取り出すと、サキに見せる。


「いやいや、私が帰ったら、サキがヤバい事になるって。見たでしょ、さっき来た書類。とりま、薬飲むから大丈夫だって」


「そうだけどさ…キョウコさ、今朝も言ったけど、薬飲みすぎ。それに、いつも仕事、代わってくれるじゃん」


「それは仕方しかたないことでしょうよ。お子さん小さいんだから。サキしかできない事でしょ。仕事は代わりがいるんだから」


「それ言ったら、今だってそうでしょ。あんた気づいてないけど、ものすごく青い顔してるんよ。見過ごせるわけないじゃんか」


「大丈夫だって! とりま、さっき書類終わらせたらさ、早退を考えるからさ」


「…絶対、無理しないで。お願いだから」


「分かったって~。大丈夫大丈夫~」


しぶしぶとデスクに戻るサキに感謝しながらも、頭痛薬を飲みに、給湯室へと小走りに向かう。


並んでいる社員用マグカップ置き場から、自分のカップをとると、蛇口から水を注いだ。


その間にも、首筋から後頭部にかけての鈍痛は、止まることがない。


「…ああは言ったけど、やっぱ、キツいなぁ…」


薬を口にいれ、多めの水で飲み込むと、ふうっと息を吐く。


少しだけ、寄りかかるようにシンクに左手を着く。

滑らかなシンクには無い、ザラリとした手触りがあった。


「ん?」


手を広げると、シンクと自分の手のひらに、あの黒い粉が付いていた。


「な…!」


慌てて手を振ると、また黒い粉は煙となって消えていく。そして、さっきまでの頭痛が少し薄れている。


「これ、こすったり払ったりすると、消えるの?」


シンクに残った黒い粉を払ってみると、途端に煙となって消える。それと共に、頭痛がすっきりと消えていくのだ。


「悪いものじゃ、ないの?」


不可解で、気持ちが悪い。それなのに、長年悩まされている頭痛が消えていく安堵感。


「…とりあえず、仕事終わらせよう」


こころなしか軽くなった体で、書類の待つ事務室へと戻った。

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