第240話 最後の仕上げへ

 

「私が聖女でなかったからお父様もお母様もあんなに悲しい顔だったのね……」

「違うわ!」


 複雑になりながらも笑顔を取り繕って言った。しかし、お母様はそれを強く否定する。


「違うの……貴女が聖女でないかもしれないことはなんとなく気付いていた。それくらい私の力はもう弱くなっていたから……」


 お母様は俯き悲しそうな顔。


「貴女が聖女でなくとも仕方がないと思っていた。でもいざ聖女ではない神託を下されたとき……怖くなったの」

「怖い?」

「えぇ、貴女が聖女でなかったということは大司教様からすぐにアシェルーダ王に伝わる。聖女が生まれなかったとなれば、どうにかして聖女が生まれるようにするでしょう」


 皆が無言になった。


「それは私を殺して、次の聖女を生むということね?」


 お母様は顔を上げ、泣きそうな顔で眉を下げた。


「えぇ、それが怖かった。私たちは貴女を失いたくなかった。聖女なんて関係ない。貴女は私たちの大事な娘だから」


 お母様はぎゅっと私を抱き締めた。そして、そっと頭を優しく撫で身体を離す。

 あのときのお父様とお母様の気持ちが分からなかった。なぜ置いて行かれるのか、私は捨てられたのか、と、そんなふうにしか思えなかった。それを今酷く後悔する。


 こんなにも愛してもらっていたのに、私はふたりのことを信じてあげられなかった……。


「だから、貴女を殺さないことを条件に私は結界の守護に向かった。私の力は弱い。けれど、どうにかしてあの大穴をなんとかしたかった」

「だからこんなにも長い間結界の守護に向かっていたの?」

「えぇ、結局私にはただ、今の結界を維持するくらいの力しかなかった。その維持だけですら危うい力しかなかった……だから離れることが出来なくなったの……」

「それで爵位返上をすることになったのね? 聖女が生まれないのならローグ家も必要ない、と……」

「爵位返上?」


 その言葉にお父様もお母様も怪訝な顔をした。


「爵位返上とはどういうことだい?」


 怪訝な顔のままお父様が聞く。お父様もお母様も爵位返上されたことを知らなかったの?


 私が王都で聞いた話、それにエナに聞いた話を二人にした。そして、オキの持つ国王の言葉も……。二人とも驚いた顔をし、そして眉間に皺を寄せ溜め息を吐いた。


「聖女が生まれないならばローグ家は必要ない、か……。皆には可哀想なことをしてしまった。まさか我々が結界へ向かってすぐにそんなことになっていたとは……」


 お父様は使用人たちに申し訳ないことをした、と眉を下げる。


「酷い……聖女が生まれたら監視するために貴族にして、生まれなくなったら必要ない、だなんて勝手過ぎる……」


 そんなことで私たちは振り回され、そして使用人たちも巻き込まれている。聖女も確かに大事な存在なのだろうけれど……私たちだって……ただのひとりの人間よ……。


「結界の守護でこの地に入ってからは、一切周りとの連絡を絶たれてしまったから、そんな状況になっているとは知らなかった……」

「エナたちにも連絡を取りたくとも出来なかったのね」

「えぇ、唯一貴女の成長だけを糧にして生きていたわ……」

「私の成長?」


 涙ぐみ私の頬を撫でるお母様は頷いた。


「この地に留まることになり、生きるための気力が失われないように、と、貴女の映像が送られて来ていたの」


 映像……その言葉にオキが反応した。


「あー、なるほど。ルーサの映像を送れって言われていたのはあんたたちに送るためか」


 なるほど、そういえば映像を送っていたって言っていたわね。


「貴女の成長していく姿を見ることで、なんとか頑張れていたのよ」

「お母様……」


 私の命を守るために犠牲になっていた。私の成長を映像で見せられていたなんて人質と同じ……。でもその映像で私の成長を感じ、そのことに喜んでくれて、そうやって必死に耐えてきたのね……。


「ごめんなさい、お母様……私のせいでそんな大変な思いをしていたのに……私は……ずっと……」


 少しだけだとしても……捨てられたと思っていた。

 いつか両親を見付ける、と言いながら私は楽しく生きて来た。

 多くの大事な人たちに囲まれて、ひとりで幸せに生きて来た。


 それが酷く申し訳なくなる……。私の幸せはお父様とお母様を犠牲にして成り立っていた……。


「ルーサのせいだなんて思わないで。貴女のせいな訳がないでしょう」


 お母様は私の両頬を手で包み、額を合わせた。そして嬉しそうに微笑む。


「知らなかった? 親というものはね、子供のためならなんでも出来るのよ? 子供が幸せでいてくれることが親である私たちの幸せなのよ。だから自分のせいだなんて思うことは私たちに失礼よ?」

「お母様……」

「そうだよ、ルーサ。私たちはお前の幸せだけを願っている」

「お父様……」


 ぎゅうっとお母様に抱き付いた。そして……泣いた。声を上げて泣いた。私は……私は本当に幸せ者だ。




 そうやってどのくらいの時間泣いただろうか。泣き止んだときには目が腫れていた。皆に笑われ、そして私も笑った。


「さて、話が終わったところで、最後の仕上げをするか」


 オルフィウス王が声を上げる。


「最後の仕上げ?」


 皆がキョトンとしていると、オルフィウス王がニヤリと笑った。


「アシェルーダへ」


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