第226話 双子の弟

 皆が見守るなか、ルギニアスと私はオルフィウス王が指し示すひとつの墓石の前まで足を進めた。その前までやって来ると、オルフィウス王は皆と同じところまで下がり、私たちを見守ってくれている。


 ルギニアスと共にその墓石を見下ろすと、四角く真っ白な墓石には文字が刻まれてある。そこには生まれた年と没年、そして名前が彫られていた。


『フィシェス・ジオ・ラフィージア』


「フィシェス……」


 ルギニアスは小さく呟いた。


 フィシェス、それがルギニアスの弟の名前。生き別れ、二度と会うことは叶わなかった双子の弟。魔王と人間の王という敵対してしまった双子の弟。今、初めて知った双子の弟の名前。


 ルギニアスはなにを想うのだろうか……。チラリとルギニアスの顔を見た。その顔は思っていたよりもずっと穏やかだった。悲しい顔でも辛そうな顔でもない。それよりも、対面出来たことへの喜びなのか、顔すら見たことがない双子の弟への愛情を感じる顔だった。


「ルギニアス……会えて良かったね」


 再び墓石へと視線を戻し、ルギニアスの手をグッと握り締め呟いた。ルギニアスは私を見るでもなく、しかし、その握り締める手に力を籠めた。


「あぁ」


 それだけ呟くと、ルギニアスはただずっと墓石を見詰めていた……。




 どれくらいの時間そうしていただろうか。葉擦れの音が響くなか、ルギニアスはなにも言葉にしないまま、ただ墓石を見詰めていた。私もなにも言わなかった。というか、なにも言えなかった。ただこの時間を大事にして欲しかった。私には入り込めない家族の時間だと思ったから。


 フィシェスさんも喜んでくれているかしら。ルギニアスと対面出来て喜んでいてくれたら嬉しいな……。


 そしてルギニアスはしばらく目を瞑ったかと思うと大きく深く息を吸い込み、ゆっくりと吐きながら目を開き、皆の方へと振り向いた。


「初代王の墓はその隣にある」


 振り向いたルギニアスに向かい、少し躊躇いがちにオルフィウス王は伝えた。


 初代王……ルギニアスのことを投げ捨てた父親……。チラリとルギニアスの顔を覗き見ると、ルギニアスは少し迷うかのような表情となった。そして、チラリと隣の墓へと目をやった。


 ルギニアスは少しの間、じっと見詰めてはいたが、しかし、その墓の前へと足を向けることはなかった。そして、私の手をグッと握ると、そのまま皆の元へと歩いて行く。


「いいの?」


 おずおずと聞いてみるが、ルギニアスはもう吹っ切れたような顔をしていた。


「あぁ」


 その顔は晴れやかだった……。


 父親だとは思えないのかもしれない。しかし、そこには憎しみや怨みなどは一切感じなかった。



 皆の元まで私たちが戻ると、オルフィウス王のほうがなにやら複雑そうな表情ではあったけれど、小さく溜め息を吐くと、王の間へ戻ろうと促した。


 私たちは再びあの扉の元まで歩いて行く。大樹は大きく葉を揺らし、私たちを見送っているようだった……。


「不思議なところよね」


 リラーナが辺りを見回しながらそう呟いた。


「うん、本当に不思議。ここは一体どこなんだろ……」


「それは秘密だな」


 私たちの会話が聞こえたのか、オルフィウス王はフッと笑いながら言った。ザザァ、と風の音がする。ルギニアスは長い漆黒の髪を掻き上げ、空を見上げていた。それに釣られるように空を見上げると、雲一つない青空はただただ広く、どこまでも続く青空と平原に、やはり不思議な場所だ、と改めて思った。


 後ろではもう小さくしか見えない大樹が葉を揺らしていた……。




 再びあの扉を通り、王の間へと戻った私たちは、オルフィウス王と今後の話をする。


「ルーサの母親が聖女で行方不明。だから大聖堂を通してアシェリアンの神殿まで行き、事情を聞きたいということだったか?」

「はい」


 私たちはオルフィウス王を見詰めた。ふむ、と顎に手をやりオルフィウス王は少しの間考え込んだ。そして顔を上げると答える。


「大聖堂自体は私が管理しているため、神殿へ行くことは簡単だろう」

「!!」


 ワッと私たちは喜びの声を上げ、顔を見合わせた。しかし、そこに続く言葉は私たちの神殿行きを躊躇わせた。


「しかし行ったからといってルーサの母親に会えるとは限らない。それに会えたとして、その後はどうする?」

「え……」

「結界がある場所というのは我々には知らされていない。そもそもがアシェリアンの神殿からルーサは追われているのだろう? そう簡単に聖女に会わせてもらえるとも思えない」

「…………」

「それに会えたとして、聖女は結界を守護する役目を続けているのだろう? 突然それほどの長い期間、守護に行かねばならなくなったということは、それだけ結界が弱まっているということだろう……。それを止めることなどおそらく出来ない……」


 私たちはなにも答えることが出来ずに、王の間は静まり返った……。


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